第3章:「特定空家等」の定義と判断基準
3.1 特定空家等の定義
空家等対策の推進に関する特別措置法(平成26年法律第127号、以下「空家特措法」)第2条第2項では、「特定空家等」を以下のように定義しています:
第2条第2項 この法律において「特定空家等」とは、そのまま放置すれば倒壊等著しく保安上危険となるおそれのある状態又は著しく衛生上有害となるおそれのある状態、適切な管理が行われていないことにより著しく景観を損なっている状態その他周辺の生活環境の保全を図るために放置することが不適切である状態にあると認められる空家等をいう。
この定義から、特定空家等は以下の4つの状態のいずれかに該当するものとされています:
- そのまま放置すれば倒壊等著しく保安上危険となるおそれのある状態
- そのまま放置すれば著しく衛生上有害となるおそれのある状態
- 適切な管理が行われていないことにより著しく景観を損なっている状態
- その他周辺の生活環境の保全を図るために放置することが不適切である状態
これらの状態について、具体例を挙げて説明します:
- 保安上危険な状態:
- 建物の傾斜が著しく、倒壊の危険がある
- 屋根や外壁の一部が脱落し、通行人にけがをさせる可能性がある
- 擁壁が老朽化し、崩壊の危険がある
- 衛生上有害な状態:
- ゴミ等の放置や不法投棄により、悪臭や害虫が発生している
- 浄化槽等の放置により、汚水が流出している
- 動物の住みつきにより、糞尿や毛髪が飛散している
- 著しく景観を損なっている状態:
- 屋根や外壁が著しく汚れている、又は破損している
- 窓ガラスが割れたまま放置されている
- 看板等が老朽化し、破損したまま放置されている
- その他周辺の生活環境の保全を図るために放置することが不適切である状態:
- 門扉が施錠されておらず、不審者の侵入が容易な状態になっている
- 草木が繁茂し、隣接する道路や歩道にはみ出している
- 空き家内に放置された家具等が、地震時に転倒・落下する危険がある
3.2 認定基準の曖昧さと実務上の判断
特定空家等の認定基準については、国土交通省が「『特定空家等に対する措置』に関する適切な実施を図るために必要な指針(ガイドライン)」を公表しています。しかし、「著しく」や「不適切」といった表現に見られるように、その判断には一定の裁量の余地があります。この曖昧さは、個々の事案に応じて柔軟な対応を可能にする一方で、自治体間で判断基準にばらつきが生じる可能性もあります。そのため、多くの自治体では独自の判断基準を設けています。実務上の判断基準の例:
- 東京都足立区の場合:
足立区では、特定空家等の判定にあたり、以下のような項目を点数化しています:a) 建築物の倒壊等の危険性(最大40点)- 建築物の傾斜:20点満点
- 基礎・土台の状況:10点満点
- 屋根の状況:5点満点
- 外壁の状況:5点満点
- ゴミ等の放置:15点満点
- 臭気の発生:10点満点
- 害虫・害獣の発生:5点満点
- 建築物の外観:10点満点
- 敷地の管理状況:10点満点
- 防犯上の問題:5点満点
- その他の問題:5点満点
- 大阪府堺市の場合:
堺市では、チェックリスト方式を採用しており、例えば「建築物の倒壊等の危険性」については以下のような項目を設けています:- 建築物の著しい傾斜(□該当あり □該当なし)
- 基礎・土台の著しい破損・変形(□該当あり □該当なし)
- 柱・はりの著しい破損・変形(□該当あり □該当なし)
- 屋根の著しい破損(□該当あり □該当なし)
- 外壁の著しい破損・剥離(□該当あり □該当なし)
- 福岡県北九州市の場合:
北九州市では、特定空家等の判定に際して、以下のような段階的なアプローチを採用しています:a) 一次判定:外観目視による調査- 建物の傾斜、外壁・屋根の損傷状況、ゴミの堆積状況等を確認
- 明らかに特定空家等に該当しない場合は、この段階で判定を終了
- 一次判定で疑わしいと判断された物件について実施
- 建築士等の専門家による詳細な現地調査
- 周辺住民へのヒアリング調査
- 二次判定の結果を基に、複数の専門家で構成される委員会で最終判断
- 所有者等の事情も考慮に入れて総合的に判断
このように、各自治体が地域の実情に応じた判断基準を設けることで、より適切な特定空家等の認定が可能となっています。実務上の判断における課題と対応:
- 客観性の確保:
「著しく」や「不適切」といった主観的な表現を、できるだけ客観的な指標に置き換える努力が必要です。例えば、建物の傾斜角度を具体的な数値で示す(1/20以上の傾斜がある場合は危険と判断するなど)ことで、判断の客観性を高めることができます。 - 専門家の活用:
建築士、不動産鑑定士、弁護士等の専門家を判定過程に組み込むことで、より専門的かつ公平な判断が可能になります。例えば、愛知県名古屋市では、特定空家等の判定に際して「特定空家等判定委員会」を設置し、複数の専門家の意見を踏まえて判断しています。 - 地域特性の考慮:
同じ状態の空家等でも、都市部と農村部では周辺環境への影響が異なる場合があります。そのため、地域の特性を考慮した判断基準の設定が重要です。例えば、京都市では、伝統的な町並みを有する地域においては、景観に関する判断基準をより厳格に設定しています。 - 所有者等の事情への配慮:
特定空家等の判定にあたっては、建物の状態だけでなく、所有者等の事情(経済的困窮、相続問題等)も考慮に入れる必要があります。例えば、兵庫県神戸市では、所有者等との対話を重視し、改善の意思や能力を確認した上で判断を行っています。 - 定期的な見直し:
社会情勢や地域の状況の変化に応じて、判断基準を定期的に見直すことが重要です。例えば、東京都世田谷区では、2年ごとに特定空家等の判定基準の見直しを行っています。 - 透明性の確保:
判断基準や判定プロセスを公開し、市民からの理解を得ることが重要です。例えば、大阪府大阪市では、特定空家等の判定基準をウェブサイトで公開するとともに、判定結果に対する異議申立ての制度を設けています。
結論
特定空家等の認定は、空家対策を進める上で重要なステップですが、その判断には慎重さと柔軟性が求められます。法律の趣旨を踏まえつつ、地域の実情に応じた判断基準を設定し、専門家の知見も活用しながら、公平かつ適切な判断を行うことが重要です。また、判断基準や判定プロセスの透明性を確保し、市民の理解と協力を得ながら対策を進めていくことが、効果的な空家対策につながるでしょう。
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