第4章 市町村の空き家対策における役割と責務
空家等対策の推進に関する特別措置法(以下、「空家法」)において、市町村は空き家対策の主体として重要な役割を担っています。本章では、市町村の具体的な役割と責務について、法律の規定や実際の取り組み事例を交えながら詳細に解説します。
空家等対策計画の策定
市町村は、空家法第6条に基づき、空家等対策計画を策定することが求められています。この計画は、当該市町村における空家等に関する対策の基本的な方針や、空家等の調査、所有者等による空家等の適切な管理の促進に関する事項などを定めるものです。
具体的な記載事項としては以下が挙げられます:
- 空家等に関する対策の対象とする地区及び対象とする空家等の種類その他の空家等に関する対策に関する基本的な方針
- 計画期間
- 空家等の調査に関する事項
- 所有者等による空家等の適切な管理の促進に関する事項
- 空家等及び除却した空家等に係る跡地の活用の促進に関する事項
- 特定空家等に対する措置その他の特定空家等への対処に関する事項
- 住民等からの空家等に関する相談への対応に関する事項
- 空家等に関する対策の実施体制に関する事項
- その他空家等に関する対策の実施に関し必要な事項
例えば、東京都足立区の空家等対策計画では、2025年度までに管理不全な空家等の解消率を100%にするという具体的な数値目標を設定しています。また、空家等の発生抑制、適正管理の促進、利活用の推進という3つの基本方針に基づいて、具体的な施策を展開しています。
空家等対策協議会の設置
空家法第7条では、市町村は、空家等対策計画の作成及び変更並びに実施に関する協議を行うための協議会を組織することができるとされています。この協議会は、市町村長(特別区の区長を含む)のほか、地域住民、市町村の議会の議員、法務、不動産、建築、福祉、文化等に関する学識経験者その他の市町村長が必要と認める者をもって構成されます。
例えば、京都市では「京都市空き家等対策協議会」を設置し、弁護士、宅地建物取引士、建築士、学識経験者、自治連合会代表者などが委員として参加しています。この協議会では、空家等対策計画の策定・変更や、特定空家等の認定基準、空き家の利活用方策などについて協議が行われています。
空家等の実態調査と台帳整備
市町村は、空家法第9条に基づき、空家等の所在及び当該空家等の所有者等を把握するための調査その他空家等に関しこの法律の施行のために必要な調査を行うことができます。この調査には、固定資産税情報の内部利用や、必要に応じて関係する地方公共団体の長その他の者に対して情報の提供を求めることが含まれます。
具体的な調査方法としては、以下のようなものが挙げられます:
- 住民基本台帳や固定資産税課税情報等の行政情報の活用
- 水道・電気・ガスの使用状況の確認
- 近隣住民からの情報収集
- 現地調査(外観目視)
例えば、長野県佐久市では、市内全域を対象とした空き家実態調査を実施し、約1,800件の空き家を確認しました。この調査結果をもとに、空き家台帳を整備し、所有者への意向調査や適正管理の啓発、空き家バンクへの登録促進などの施策につなげています。
特定空家等に対する措置
空家法第14条では、特定空家等に対する措置として、市町村長が段階的に以下の措置を講じることができると規定されています:
- 助言又は指導
- 勧告
- 命令
- 代執行
これらの措置を適切に実施するためには、市町村は特定空家等の判断基準を明確に定め、公平性と透明性を確保する必要があります。
例えば、横浜市では「特定空家等の判断基準」を策定し、建築物の倒壊等著しく保安上危険となるおそれのある状態や、著しく衛生上有害となるおそれのある状態などについて、具体的な判断項目と基準を設けています。これにより、特定空家等の認定や措置の実施に関する客観性を担保しています。
空家等及び跡地の活用促進
空家法第13条では、市町村は、空家等及び空家等の跡地に関する情報の提供その他これらの活用のために必要な対策を講ずるよう努めるものとされています。この規定に基づき、多くの市町村で空き家バンクの運営や、空き家の利活用に対する補助金制度などが実施されています。
具体的な取り組み事例として、以下のようなものが挙げられます:
- 空き家バンクの運営
- 島根県江津市では、空き家バンクを通じて移住希望者と空き家所有者のマッチングを行い、2020年度には52件の成約実績を上げています。
- 改修費補助金制度
- 兵庫県丹波篠山市では、空き家バンクに登録された物件を購入または賃借して改修する場合、最大100万円の補助金を交付しています。
- 空き家の公共利用
- 長野県小布施町では、町が空き家を借り上げて改修し、移住者向けの短期滞在施設として活用しています。
関係部局との連携体制の構築
空き家対策は、建築、防災、環境、福祉など多岐にわたる分野に関連するため、市町村内の関係部局が連携して取り組むことが重要です。多くの自治体では、空き家対策の担当部署を中心に、庁内横断的な連携体制を構築しています。
例えば、東京都文京区では、「文京区空家等対策庁内連絡会」を設置し、環境、まちづくり、福祉、税務など関連する11の部署が参加しています。この連絡会では、空家等対策計画の進捗管理や、各部署が把握している空家等の情報共有、対策の検討などが行われています。
住民等からの相談対応
空家法第12条では、市町村は、所有者等による空家等の適切な管理を促進するため、これらの者に対し情報の提供、助言その他必要な援助を行うよう努めるものとされています。この規定に基づき、多くの市町村で空き家に関する相談窓口を設置しています。
相談内容としては、以下のようなものが想定されます:
- 空き家の管理方法に関する相談
- 空き家の売却・賃貸に関する相談
- 相続した空き家の処分方法に関する相談
- 近隣の空き家による悪影響に関する相談
例えば、大阪府堺市では、「堺市空き家等相談窓口」を設置し、空き家の所有者や管理者、近隣住民からの相談に対応しています。また、弁護士や宅地建物取引士、建築士などの専門家による無料相談会も定期的に開催しています。
空き家対策に関する普及啓発
市町村は、空き家問題に関する住民の理解を深め、空き家の発生予防や適切な管理を促進するため、様々な普及啓発活動を行っています。
具体的な取り組み事例として、以下のようなものが挙げられます:
- セミナーやシンポジウムの開催
- 東京都世田谷区では、空き家の適正管理や利活用に関するセミナーを定期的に開催しています。
- パンフレットやガイドブックの作成・配布
- 神奈川県藤沢市では、「空き家の管理・活用ガイドブック」を作成し、市民に配布しています。
- 広報誌やウェブサイトでの情報発信
- 多くの自治体で、広報誌や公式ウェブサイトを通じて、空き家対策に関する情報を発信しています。
他の地方公共団体との連携
空家法第8条では、国及び都道府県は、市町村が行う空家等対策計画の作成及び変更並びに実施に関し、情報の提供、技術的な助言その他の必要な援助を行うよう努めるものとされています。また、市町村間でも、空き家対策に関する情報交換や連携が行われています。
例えば、埼玉県では「埼玉県空き家対策連絡会議」を設置し、県内全市町村が参加して情報共有や意見交換を行っています。また、複数の市町村が連携して空き家バンクを運営する事例もあります。
財源の確保と効果的な活用
空き家対策を効果的に実施するためには、適切な財源の確保が不可欠です。市町村は、国や都道府県の補助金を活用するほか、独自の予算措置を講じて空き家対策の財源を確保しています。
具体的な財源確保の方法として、以下のようなものが挙げられます:
- 国の補助金の活用
- 空き家対策総合支援事業(国土交通省)
- 空き家再生等推進事業(国土交通省)
- 都道府県の補助金の活用
- 各都道府県が独自に設けている空き家対策関連の補助金
- 市町村独自の予算措置
- 空き家対策基金の設置など
例えば、長崎県長崎市では、「長崎市空き家等対策基金」を設置し、空き家の除却や利活用に関する事業の財源として活用しています。
結論
市町村は、空家法に基づき、空き家対策の主体として重要な役割を担っています。空家等対策計画の策定、実態調査の実施、特定空家等への措置、空き家の活用促進、関係部局との連携、住民からの相談対応、普及啓発活動など、多岐にわたる責務を果たすことが求められています。
これらの役割を効果的に遂行するためには、地域の実情に応じた戦略的な取り組みが必要です。また、国や都道府県、他の市町村との連携を図りながら、継続的かつ柔軟に空き家対策を推進していくことが重要です。
空き家問題は、人口減少や高齢化の進展に伴ってさらに深刻化することが予想されます。市町村には、これらの社会変化を見据えた長期的な視点での対策が求められるでしょう。同時に、空き家を地域の資源として捉え、まちづくりや地域活性化につなげていく積極的な姿勢も重要です。
今後は、AIやIoTなどの新技術の活用や、民間事業者との連携強化など、より効率的かつ効果的な空き家対策の手法を模索していくことも必要となるでしょう。市町村には、これらの新たな課題にも柔軟に対応しながら、持続可能な空き家対策を推進していくことが期待されています。
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