引っ越しをするたびに、返還された敷金の金額を見てイヤな思いをした経験はありませんか?部屋は人一倍きれいに使っていたつもりなのに2か月分も預けてある敷金がほとんど返ってこないと言うような経験はありませんか?そもそも賃貸人が主張するハウスクリーニング代や壁紙の交換費用、畳の表替え、エアコンのクリーニング代等は、本当に賃借人が全額負担しなければならないものなのでしょうか?
そこで、このような疑問に答えるために、返還されてきた敷金が正当なものであるかどうかを判断するために必要な知識を説明しました。
1.敷金トラブルの原因
敷金とは簡単に言えば、賃料不払いや原状回復費用を担保するために入居時に無利息で賃貸人に預けるお金です。退去後は原状回復費用等の賃借人が負うべき債務を差し引いた残額が賃借人にされます。(民法622条の2)
退去後に敷金の返還金額をめぐってトラブルとなる原因は、原状回復費用の負担について賃貸人と賃借人の間で認識のズレがあるからです。
それでは、そもそも原状回復費用とは一体なの何なのでしょうか?
2.原状回復の考え方
この点については、国土交通省が「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」というものを示しています。
e7b8043729d03a35d69263b9f638acf6-1ガイドラインでは原状回復を
「賃借人の居住、使用により発生した建物価値の減少のうち、賃借人の故意(わざと)・過失(あやまり)、善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用による損耗・既存を復旧すること」
と明確に定義しています。この定義から明らかになる事は、原状回復という意味が巷間よくいわれる
入居時の状態に戻すものではない
と言うことです。ガイドラインでは、このように原状回復を明確に定義した上で、原状回復費用の負担の原則を次のように定めています。
1、通常の使用に伴い生じた自然損耗や経年変化による価値の減少については賃貸人の負担とする。
2.その他、子供やペットが建物を損傷させたなど、賃借人の故意(わざと) ・過失(誤って)により生じた価値の減少については賃借人の負担とする。
3.ただし、2の賃借人負担の場合においても、建物・設備の経過年数を考慮して負担額を決める。平たく言えば、古いものを損傷させた場合、新品を損傷させた場合よりも負担金額を軽くするということです。そのため、ガイドラインの中では、設備等について耐用年数を定めている。
3.特約と消費者契約法による救済
国土交通省によるガイドライン制定後も実際の契約においては、賃借人に責任のない畳や壁の経年変化や通常使用による汚れや痛み、いわゆる自然損耗の補修費用までも、賃借人に負担させる特約をつけた賃貸借契約が多くあります。その特約が適用されると、解約後賃借人に返還される敷金は皆無に近いため賃貸人と賃借人との間でトラブルが起きる原因となります。
しかし、特約があった場合でも、自然損耗分の原状回復も借主の責任とする特約について、仲介業者が契約締結前にその特約の内容を充分説明していない場合、消費者契約法により特約を無効とするできる可能性があります。
この点については判例も特約の成立を認めるハードルを非常に高くしており、
「通常使用による自然損耗の修繕費用は原則賃貸人負担とし、賃借人に負担させる場合には、賃借人への具体的な説明と明確な合意が必要」(平成17年12月16日最高裁判決)
としています。つまり、契約締結前の重要事項説明や契約締結時において、仲介業者などから特約について具体的な説明がなかった場合は、特約は無効になる可能性があります。
4.内容証明郵便と少額訴訟
無効を主張するための具体的手段と手順は、まずはじめに内容証明郵便で敷金の返還を求める文書を相手(賃貸人)に送付します。内容は例えば、「敷金である家賃三ヶ月分18万円を返せ」のように、無駄なことは一切書かない無味乾燥な文章で十分です。
多くの場合、内容証明郵便を受け取った場合、金額の交渉に応じるなど何らかの行動を起こす場合が多いです。通常の人にとって、内容証明郵便が送られてくるという事は、それだけでもかなりな心理的プレッシャーになるからです。しかし、それでも相手が応じない場合、最後の手段として、わずかな費用で手続きも簡単な少額訴訟を起こします。金額からして、弁護士を使うとなると返還されてくる敷金の額よりも弁護士費用の方が高くなりますので、弁護士を使う事は得策ではありません。
少額訴訟手続とは,60万円以下の金銭の支払を求める場合に限って利用できる,簡易裁判所における特別の訴訟手続です(民事訴訟法第368条第1項)。非常に迅速に処理され、必要書類を提出すれば、即日判決が下されます。必要書類は裁判所に聞けば非常に丁寧。親切に対応してくれます。
費用も通常の裁判に比べて非常に安く、訴訟の目的とする金額(敷金の額)に応じて
30万円まで3,000円
40万円まで4,000円
50万円まで5,000円
60万円まで6,000円
と通常の裁判と比べると非常に安くなっています。賃貸人の中には、原状回復費用の負担について国交省のガイドラインや民法改正による考え方の変化を知らない人もいます。原状回復費用として敷金から差引かれた金額に納得の行かない場合には、本稿で述べたような手順に従って粛々と対応すれば、ほとんどの場合には問題解決されるはずです。
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