第1章:法律の制定背景と目的
空家等対策の推進に関する特別措置法(平成26年法律第127号、以下「空家特措法」)は、全国的に増加する空き家問題に対応するため、2014年11月27日に公布され、2015年5月26日に全面施行されました。この法律は、空き家問題に特化した初めての法律として、大きな注目を集めました。
1.1 制定背景
総務省の住宅・土地統計調査によると、空き家数は1963年の52万戸から2018年には849万戸へと急増し、空き家率も13.6%に達しています。特に問題となる「その他の住宅」(別荘等や賃貸・売却用を除いた住宅)は349万戸に上り、全住宅の5.6%を占めています。
この急増の背景には、以下のような要因があります:
- 人口減少と少子高齢化:
日本の総人口は2008年をピークに減少に転じ、2021年10月1日時点で1億2544万人となっています。国立社会保障・人口問題研究所の推計によると、2053年には1億人を割り込むと予測されています。例えば、秋田県では2045年までに人口が約40%減少すると予測されており、空き家の増加が懸念されています。 - 都市部への人口集中:
東京圏(東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県)の人口は2021年時点で約3,680万人で、日本の総人口の約29%を占めています。例えば、長野県飯田市では、1980年から2015年までの35年間で人口が約2万人減少し、空き家率が15.2%に達しています。 - 新築志向と住宅の短命化:
日本では新築住宅の取得を好む傾向が強く、中古住宅市場が十分に発達していません。2018年の既存住宅流通シェアは日本が14.5%であるのに対し、アメリカは82.4%、イギリスは87.5%となっています。また、日本の住宅の平均寿命は約30年と、欧米の60〜100年に比べて短く、これらの要因が空き家の増加を加速させています。
これらの空き家の中には、適切な管理が行われず、防災、衛生、景観等の地域住民の生活環境に深刻な影響を及ぼしているものも少なくありません。具体的な事例として:
- 2015年、神奈川県横浜市で老朽化した空き家が強風で倒壊し、隣接する住宅に被害を与えた事例
- 2018年、大阪府堺市で空き家に不法投棄が行われ、悪臭や害虫の発生により近隣住民が苦情を訴えた事例
- 2019年、東京都足立区で空き家の庭木が繁茂し、見通しが悪くなったことで防犯上の問題が生じる事態となった事例
これらの問題に対し、従来は建築基準法(昭和25年法律第201号)第10条(保安上危険な建築物等に対する措置)や消防法(昭和23年法律第186号)第3条(火災の予防又は消防活動の障害除去のための措置)、廃棄物処理法(昭和45年法律第137号)第19条の4(措置命令)などの個別法で対応してきましたが、空き家特有の問題に対応するには限界がありました。そこで、空き家問題に特化した新たな法的枠組みが必要となり、空家特措法の制定に至ったのです。
1.2 法律の目的
空家特措法の目的は、第1条に明記されています:
第1条 この法律は、適切な管理が行われていない空家等が防災、衛生、景観等の地域住民の生活環境に深刻な影響を及ぼしていることに鑑み、地域住民の生命、身体又は財産を保護するとともに、その生活環境の保全を図り、あわせて空家等の活用を促進するため、空家等に関する施策に関し、国による基本指針の策定、市町村による空家等対策計画の作成その他の空家等に関する施策を推進するために必要な事項を定めることにより、空家等に関する施策を総合的かつ計画的に推進し、もって公共の福祉の増進と地域の振興に寄与することを目的とする。
この条文から、本法の主な目的は以下の3点にまとめられます:
- 地域住民の生命、身体、財産の保護
- 生活環境の保全
- 空家等の活用促進
これらの目的を達成するため、本法は以下のような具体的な施策を規定しています:
- 国による基本指針の策定(第5条)
例:2015年2月に策定された「空家等に関する施策を総合的かつ計画的に実施するための基本的な指針」では、空家等の調査方法や特定空家等の判断基準などが示されています。 - 市町村による空家等対策計画の作成(第6条)
例:東京都世田谷区では、2016年に「世田谷区空家等対策計画」を策定し、空家等の発生抑制、適切な管理の促進、利活用の促進、管理不全な空家等の解消という4つの基本方針に基づいた施策を展開しています。 - 空家等の所有者等を把握するための調査(第9条)
例:大阪府堺市では、水道の閉栓情報や住民からの通報、職員による巡回調査などを組み合わせて空家等の実態把握を行っています。 - 空家等及びその跡地の活用等(第13条)
例:福岡県福岡市では、空き家バンク制度を設け、2020年度には54件の空き家の利活用が実現しました。 - 特定空家等に対する措置(第14条)
例:愛知県名古屋市では、2015年度から2020年度までの間に、特定空家等に対して1,089件の助言・指導、95件の勧告、8件の命令を行い、5件の行政代執行を実施しました。
これらの施策により、空き家問題に対する総合的かつ計画的な対応が可能となりました。例えば、東京都足立区では、空家等対策計画に基づき、2016年度から2020年度までの5年間で、特定空家等の解消件数が累計200件を超えるなど、着実な成果を上げています。
このように、空家特措法は、増加する空き家問題に対する法的枠組みを提供する重要な法律であり、今後の空き家対策の基盤となるものです。しかし、法律の運用にあたっては、個人の財産権との調和や、地域の実情に応じた柔軟な対応が求められます。今後も、各自治体の取り組みや判例の蓄積を通じて、より効果的な空き家対策が展開されていくことが期待されます。
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