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【ドローンのための物理学】第2回:トルクと推力(ニュートン):重量級ペイロードを安全に持ち上げる物理的根拠の示し方

2026 2/26
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ドローン
2026年2月26日
農薬を撒いているドローン

目次

1. 課題提示:現場で突きつけられる「その根拠は?」という一言

審査官室で起きた沈黙

農薬散布ドローンによる許可申請の場面を想像してほしい。機体の最大離陸重量(MTOW)は25kg。搭載する農薬タンクは最大10kgの液体を保持する。担当者の眼鏡の奥の目が細くなり、こう言った。

「このドローン、本当に10kgを安全に持ち上げられる根拠はどこに書いてあるのですか。メーカーのカタログスペックしか見当たりませんが。」

この一言に対し、「メーカーが保証しています」と答えた瞬間、その申請は終わる。

審査官が求めているのは「物理的根拠の提示」である。カタログの数字ではなく、「なぜその機体が、その重量を、その気象条件下で持ち上げられるのか」という因果関係の証明だ。さらに彼らは続けてくる。

「モーターが1基故障した場合、残りのモーターで機体と荷物を支えられますか?計算を見せてください。」

この問いに物理で答えられない者は、許可を得られない。得られたとしても、それは「運」に過ぎない。

2. 武器の提示:トルク・推力・ニュートンの第二法則

今回使用する物理の「武器」は3つ、これらはセットで使う。

武器①:トルク(Torque)

  • τ(タウ) :トルク[N・m、ニュートンメートル]
  • r :回転軸からの距離(プロペラ半径)[m]
  • F :接線方向に働く力[N、ニュートン]

トルクとは「回転を生み出す力の効果」である。モーターがプロペラを回すために発揮しなければならない「ねじる力」の大きさだ。

武器②:推力(Thrust)

プロペラが空気を押し下げることで生まれる上向きの力。運動量理論(第36回で詳述)の簡易版として、以下の関係が成立する。

  • T :推力[N]
  • CT :推力係数(プロペラ形状で決まる無次元数)
  • ρ(ロー) :空気密度[kg/m³](標準大気:1.225 kg/m³)
  • n :プロペラ回転数[回転/秒、rps]
  • D :プロペラ直径[m]

武器③:ニュートンの第二法則

F = ma

  • F :合力[N]
  • m :質量[kg]
  • a :加速度[m/s²]

機体が静止(ホバリング)するためには、全推力の合計=重力(mg)でなければならない。上昇するためには、全推力 > mgでなければならない。この単純な不等式が、「安全に持ち上げられるか」の判定基準となる。

3. メカニズムの解説:推力はどのように生まれるか

3-1. モーターがプロペラを「ねじる」

電気モーターに電流を流すと、ステーター(固定子)とローター(回転子)の間に電磁力が発生し、ローターが回転する。この回転力こそがトルクτである。

プロペラはこのトルクを受け取り、翼型(エアフォイル)断面を持つブレードで空気を下方に加速させる。ニュートンの第三法則(作用・反作用)により、空気が下に押されれば、プロペラ=機体は等しい大きさの力で上に押し返される。これが推力Tの正体だ。

3-2. 推力係数C_Tは何者か

推力計算式の中で最も見落とされがちな変数がCT(推力係数)である。これはプロペラの形状・ピッチ・翼型・ブレード枚数によって決まる無次元数であり、プロペラメーカーが風洞試験によって決定する実測値だ。

CTは典型的には0.05〜0.15の範囲に収まるが、同じ直径でもピッチ(1回転で進む理論上の距離)が高いほど大きくなる傾向がある。申請書にプロペラのCTデータシートを添付することは、「科学的根拠のある申請者」という印象を与える強力な戦略となる。

3-3. 空気密度ρが変えるすべて

推力計算式 T = CT ・ρ n2 D4 において、ρは環境条件によって刻々と変化する。

空気密度ρは理想気体の状態方程式(第33回で詳述)から導出されるが、実務的には以下の近似式を用いる。

  • P :大気圧[Pa]
  • Rd :乾燥空気の気体定数 = 287.05 J/(kg·K)
  • Tabs :絶対温度[K](℃ + 273.15)

4. 実務計算:安全マージンの導出

ケーススタディ:農薬散布ドローン(MTOW 25kg)の許可申請

以下の機体スペックで計算を組み立てる。


Step 1:1基あたりの最大推力を計算する

Step 2:全6基の合計最大推力

Step 3:機体重量(重力)と比較する

MTOW 25kgに働く重力:

推力余裕(スラストマージン):

この段階でアラートが鳴るべきだ。

全開出力でようやく機体重量の51.2%しかカバーできていない。これはシステムが機能していない。


★ここで計算の見直しが必要だ

実際のドローンが飛行するためには推力が重力を上回らなければならない。今回の数値が低すぎる理由を考察すると、典型的な農薬散布機ではプロペラが複数枚であったり、実際のCTが高めであったり、回転数が高めに設定されていることが多い。ここでは計算プロセスの正確な提示が目的であるため、スペックを修正して現実的な設計値で再計算する。

修正スペック(実際の農薬散布機に近い値):

まだ不足している。これは最大推力に対するマージンであり、ホバリングに必要な推力のみの話だ。


Step 4:本当に必要な安全マージンとは何か

許可申請において提示すべきスラストマージンの基準は以下の3層構造で考えるべきだ。

スラストマージン比の最終判定:

さらに、国際的な有人航空機の設計基準に倣い、Thrust-to-Weight Ratio(TWR)≥ 1.5以上を「安全の根拠」として提示することが推奨される。

つまり全開出力で機体重量の1.5倍以上の推力が出せることを証明するのだ。これにより、①突風、②モーター1基停止、③高温低密度環境、この三重苦が同時に発生しても機体が空中で生存できることを物理で示せる。

Step 5:モーター1基停止時のシミュレーション

審査官が最も恐れる質問に答える。「6基のうち1基が止まったらどうなるか。」

残存推力:

ホバリング必要推力245.25 Nに対し、178.5 Nしか残らない。つまりこのままでは墜落する。

しかしここが重要だ。この計算を申請書に明示したうえで、こう続ける。

「モーター冗長性喪失(Motor Out)時、フライトコントローラーは残存5基のスロットルを最大出力(100%)にフェイルセーフ制御するとともに、自動緊急着陸シーケンスを起動する。緊急降下開始から接地まで、機体は位置エネルギーをもって高度を失いながら着陸を完了する。なお、この詳細な運動量解析は第11回『角運動量保存の法則』で示す。」

こうして「リスクを認識し、対策を実装済み」という構造で申請書を組み立てるのだ。これが物理を「言い訳」ではなく「誠実な証拠」として使う技術である。

Step 6:申請書への記載フォーマット(例示)


まとめ:「感覚」を「計算」に変換することの意味

トルクと推力の物理学を実務ツールとして使いこなした者は、審査室において別次元の説得力を持つ。

「このドローンは持ち上げられます」という主張と、「気温30℃・標高0mにおける空気密度1.165 kg/m³のもと、プロペラ回転数28rpsで推力係数0.118を持つ本機は、1基あたり35.7Nの推力を発揮し、6基合計214.2Nを確保する。これはMTOWに対するTWR計算から、実運用ペイロードを○kg以下に設定することで安全基準を満たす」という主張の間には、天と地ほどの差がある。

審査官はドローンの専門家ではない。しかし物理の言語は普遍的だ。数式と計算プロセスは、どの省庁のどの担当者に対しても通用する「共通言語」である。


次回予告:第3回【作用・反作用の法則】

モーターが生み出す推力の「代償」として、ドローンは真下に強烈なダウンウォッシュ(下降気流)を発生させる。これが第三者上空飛行の許可において最大の争点となる「人への安全距離」の物理的根拠となる。プロペラが押し下げる空気の力を定量化し、「何m離れれば人は安全か」を計算で示す。

→ 第1回「ラジアンと角速度」はこちら → 第3回「作用・反作用の法則」へ続く

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