はじめに:「この道一筋」の正解が揺らぎ始めた
司法試験、公認会計士試験。数年がかりの猛勉強を経て資格を取得し、そこから何十年も実務を積み重ねてきた大先輩方の知見は、一朝一夕では築けない社会の財産だ。そこに異論はない。
しかし、生成AIの進歩が「専門家の役割」に静かな地殻変動を起こしている。判例検索、条文照合、複雑な数値計算──かつて若手が何日もかけていた作業を、AIは数秒でこなす。重要なのは、これが「人間の経験が無意味になる」という話ではないことだ。人間が担う役割の重心がシフトする。それだけの話であり、それこそが本質だ。
私は行政書士・不動産業の端くれとして、日々AIと対話を続ける中で、この変化の先にある「二つの生存戦略」を考えるようになった。
生存戦略①:ベテラン専門家 × AI =「最高級フィルター」の覚醒
この道30年の会計士は、決算書を一瞥しただけで「ここが危ない」と見抜く。50年選手の弁護士は、契約書の一文に潜むリスクを嗅ぎ取る。この「勘」は、数え切れない修羅場をくぐり抜けた人間だけが到達できる知の極致であり、AIには真似できない。
問題は、今までその勘を裏付けるための調査と書面作成に、膨大な時間が奪われてきたことだ。
ここにAIが入る。「裏付け作業」をAIに委ねれば、ベテランの「問いを立てる力」とAIの「解を導く力」が直結する。結果として生まれるのは、かつてないスピードと精度を持つ専門サービスだ。
つまりAIは、ベテランの仕事を奪う存在ではない。蓄積された暗黙知を社会に還元するための増幅装置だ。高性能エンジンを積んだ名ドライバー──そう言い換えてもいい。エンジンの性能が上がるほど、ドライバーの腕が問われる。ベテランの価値は、AIの進化とともにむしろ上がる。
生存戦略②:越境するマルチ屋 × AI =「新しい問い」の発火点
一方で、私のような「複数の分野に足を踏み入れてきた人間」にも、AIは別の可能性を開いてくれた。
私は法律の専門家であると同時に、物理学(固体物理・半導体理論)の素養を持つ「門前の小僧」でもある。どの分野も深部では専門家に遠く及ばない。しかし、異なる領域の境界線に立てることが、AI時代には固有の武器になる。
具体例を挙げよう。ドローンの飛行許可申請(DIPS 2.0)で求められる安全性の証明。通常、行政書士は航空法の条文と国交省のガイドラインに沿って書類を作成する。しかし私は、ここに物理学の問いを差し込む。
「この機体が鉄道上空で制御不能になった場合、落下軌道はナビエ・ストークス方程式に基づく空気抵抗と風速条件でどう変わるか。その定量的リスク評価を安全性の補強根拠に使えないか」
法律だけに特化していたら、こうした「問い」自体が出てこない。物理だけに特化していても、それを許可申請の文脈に接続する発想は生まれない。異なる学問の接点に立ち、AIという翻訳機を介して繋ぎ合わせる──私はこれを**「リーガル・エンジニアリング」**と呼んでいる。
「深さ」と「広さ」は敵ではなく、パズルのピースである
かつて「複数分野に手を出す」ことは「器用貧乏」と見なされた。しかしAI共生時代には、構図が変わる。
ベテラン専門家は、AIの出す複数の選択肢から**真に価値ある一手を選び抜く「フィルター」**として機能する。歴史的背景を踏まえた大局観を持つ彼らの判断は、AIには代替不可能だ。
一方、マルチなバックグラウンドを持つ人間は、その「名ドライバー」の隣で新しい地図を広げるナビゲーターの役割を担う。「流体力学の視点で考えたら?」「会計的リスク評価の枠組みを当てはめたら?」──こうした異分野からの着想が、専門家の深い知見に新しい光を当てる。
深掘りの知恵と、越境するトリガー。この二つは互いを補い合う関係にある。
おわりに:「開かれた専門家」という理想像
AI時代に求められるのは、自分の領域に閉じこもることでも、AIと張り合うことでもない。
異なる視点を持つ他者に心を開き、自分とは違う角度からの問いを「面白い」と思える謙虚さ。そして、何歳になっても学び続ける姿勢。それが「開かれた専門家」の条件だと、私は考えている。
私自身、毎朝の散歩中にAIと壁打ちをし、そこで生まれた着想をエッセイに落とし込むことを日課にしている。このプロセスが脳を活性化させ、本業であるドローン法務や不動産分析の精度を高めてくれている実感がある。
「深さ」を極めた専門家と、「広さ」を繋ぐマルチ屋。その双方がAIという共通言語を介して響き合う未来に向けて、今日も一歩を踏み出す。
行政書士・ドローン法務/不動産分析ブログ運営 毎朝のAI壁打ちから生まれたエッセイシリーズ


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