1. 【課題提示】 「法律には書いていません」という無知が招く、行政との絶望的な非対称戦
「航空法第132条の86を読みましたが、こんな細かい安全対策をとれとは一言も書いてありません。なぜ不許可になるのですか!」
航空局の窓口や、警察官との現場の押し問答において、六法全書やインターネットの条文検索画面を片手に、こう息巻くドローン事業者がいる。彼らは「法律(=国会が定めた条文)」こそが絶対的なルールであり、そこに書かれていない義務を強要するのは行政の越権行為だと信じて疑わない。
もしあなたが同じような思考回路を持っているなら、その無知は、審査官から見れば「私は日本の法体系の基本すら理解していない素人です」という自己紹介に等しい。
ドローンの世界において、「航空法」という法律の条文だけを読んでも、現場で飛べるかどうかの答えは絶対に出ない。なぜなら、国会が制定する「法律」は、大まかな枠組み(骨組み)を決めているに過ぎず、具体的な「肉付け」はすべて下位のルールに丸投げされているからだ。
「法律には書いていないからやらなくていい」という素人の主張は、現場の警察官が突きつけてくる「航空法施行規則」や、審査官が絶対の基準とする「審査要領」の前に一瞬で粉砕される。逆に、ガイドラインや通達といった「行政の内部ルール(お願い)」に過ぎないものを「絶対の法律」と勘違いし、過剰な自粛をしてビジネスチャンスを逃している者も多い。
自分が今、相手から「どのレベルのルール」で殴られているのか。そして、自分は「どのレベルのルール」を盾にして戦うべきなのか。これを知らずに行政と交渉することは、竹槍で最新鋭の戦闘機に立ち向かうような、絶望的な非対称戦なのである。
2. 【解決の武器】 法源の階層構造(法令のピラミッド)の支配
この圧倒的な知識の非対称性を逆転させ、逆に審査官の根拠を切り崩すための武器。それが法学の基礎中の基礎である「法源の階層構造(法令のピラミッド)」の完全なる掌握である。
日本の法体系は、強固なピラミッド構造で成り立っている。上から順に以下の通りだ。
1. 法律(法): 国会が制定する。最も強い効力を持つが、内容は抽象的。(例:航空法)
2. 施行令(政令): 内閣が制定する。法律を実施するための詳細を定める。(例:航空法施行令)
3. 施行規則(省令): 各省庁のトップ(国土交通大臣など)が制定する。実務の具体的な数値や手続きを規定する。(例:航空法施行規則)
4. 告示・通達・審査要領等: 行政機関の内部ルールや審査の基準。法的な拘束力(国民を罰する力)は原則としてないが、実務上の「許可のハードル」を決定づける。(例:無人航空機の飛行に関する許可・承認の審査要領)

申請者は、目の前の問題がピラミッドの「どの階層」に属しているかを的確に識別することが重要である。
法律(第1階層)で禁止されているのか。それとも施行規則(第3階層)で例外が認められているのか。あるいは、審査要領(第4階層)という「単なる役所の審査マニュアル」の要件を満たしていないだけなのか。
戦うべき土俵(階層)を見極めることで、初めて「このルールは絶対に従わなければならない」「このルールは代替措置で回避できる(裁量の余地がある)」という法務戦術の全体像がクリアになるのだ。
それでは、ドローンの法律学シリーズ第8回の後半(Part 2)を展開しよう。
「法令のピラミッド」という法学の基礎概念を、実際のドローン規制(航空法・施行規則・審査要領)にどう当てはめ、行政との非対称戦を制するための「実務の武器」としてどう使いこなすか。その冷徹なメカニズムと戦術を解剖する。
3. 【メカニズムの解説】 ドローン法制を貫く「委任(丸投げ)構造」と裁量の正体
なぜ、ドローン規制において「法律(航空法)」だけを読んでも現場の答えが出ないのか。それは、日本の法制が「委任」という構造をとっているからだ。
ドローンの飛行を規制する航空法(第11章 無人航空機)を見る。例えば、第132条の86(飛行の方法)第2項には、特定飛行を承認する要件として「国土交通省令で定めるところにより(中略)国土交通大臣の承認を受けて」と記載されている。また、同条第1項の各号を見ても、「国土交通省令で定める」という言葉が幾度となく登場する。 すなわち、国会が定めた「法律(第1階層)」は、大枠の禁止事項と許可の権限を定めただけの「骨組み」であり、具体的な手続きや数値基準はすべて「施行規則(第3階層=省令)」に丸投げ(委任)されているのである。
そして、その委任を受けた航空法施行規則(第236条の70等)を開いても、まだ実務の答えはない。省令には手続きの要件などは書かれているが、日々進化するドローンの機能や、複雑な現場の安全対策を網羅することは不可能だからだ。
そこで登場するのが、「無人航空機の飛行に関する許可・承認の審査要領」である。 これは法令ピラミッドの最下層(第4階層)に位置する「通達(行政機関の内部ルール)」である。現場の審査官は、法律でも省令でもなく、この審査要領という「マニュアル」を絶対的な基準として、あなたの申請書を採点している。
【ここで実務家が陥る最大の罠】 多くの事業者は、この「審査要領」を「法律」と同列の絶対的な義務だと錯覚する。 しかし、法学的に見れば、通達や要領には「国民の権利を制限し、義務を課す法的拘束力」は存在しない。審査要領とは、あくまで「この基準を満たしてくれれば、審査官が自ら頭を使って安全性を評価する手間を省き、すぐに決裁印を押せますよ」という「行政側の都合で作られた評価の目安」に過ぎないのだ。
ピラミッドの上位(法律・省令)に反することは絶対に許されないが、下位(審査要領)に書かれている要件は、それと「同等以上の安全性」を客観的に証明できれば、合法的に迂回し、突破することが可能なのである。
4. 【実務への落とし込み】 審査要領の「例外」を突きつける代替措置の構築
法令ピラミッドの構造と、審査要領の法的性質(単なる内部ルールであること)を掌握したならば、行政の窓口での交渉術は根本から変わる。
審査官から「審査要領の〇〇の基準を満たしていないから不許可です」と突き返された時、「法律には書いてない!」と怒鳴るのは三流だ。「審査要領通りにマニュアルを書き直します」と平伏すのは二流である。
プロは、「審査要領の基準(デフォルトの対策)を別の手段で代替し、法律(第1階層)が求める『安全性の確保』という目的を上位互換で満たしていること」を立証して、審査官を沈黙させる。
【実務戦術:審査要領からの合法的逸脱と立証】 例えば、目視外飛行を行う場合、審査要領は原則として「補助者の配置」を求めてくる。しかし、長距離のインフラ点検や山間部での物流において、全ルートに補助者を配置することはビジネス上不可能だ。
ここで、「審査要領に書いてあるから無理だ」と諦める必要はない。独自マニュアルにおいて、以下のように「法令の階層」を意識した立証を展開する。
「本運航は、無人航空機の飛行に関する許可・承認の審査要領が目視外飛行の要件として定める『補助者の配置』を実施しない。 しかし、航空法第132条の86第2項が真に求めている『航空機の航行の安全並びに地上及び水上の人及び物件の安全を損なうおそれがないこと』を証明するため、審査要領の代替措置として、以下のロバスト性の高い安全確保措置(M1〜M3)を講じる。
- 機体性能による代替: 機体に搭載された〇〇の高解像度カメラと通信遅延〇秒以下の映像伝送システムにより、操縦者が補助者と同等以上の空間認識能力を確保する。
- システムによる代替: UTM(運航管理システム)との連接、および国土地理院地図に基づく3Dジオフェンスの構築により、有人航空機との空域の重複および地上第三者への接近をシステム的に完全遮断する。 以上の客観的・工学的措置により、補助者を配置した場合と同等以上の安全水準(Safety Gain)および保証の水準(Assurance)が確保されているため、本申請は航空法の要件を完全に充足する。」
審査官は、マニュアル(第4階層)の要件を盾にしてくる。あなたはそれに対し、SORA等のリスク評価ガイドラインに基づく物理的エビデンスという「強力な剣」を使い、航空法(第1階層)の目的を直接満たすという「上位の法理」で斬り伏せるのだ。
審査官は、自らの審査要領よりも精緻で、反論の余地がない客観的な安全の証明(セーフティ・ケース)を突きつけられた時、「要領通りではないが、法律の趣旨には適合しており、不許可にする正当な理由がない」と判断し、決裁印を押さざるを得なくなる。
法令のピラミッドを知るということは、「どのルールが絶対で、どのルールが交渉可能か」という戦場の地形を完全に見透かすことである。この視座を持つ者だけが、審査官の裁量という名の迷宮から抜け出し、自由な空を支配できるのだ。


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