リード:2026年、不動産実務を取り巻く二つの大改正が同時進行
2026年4月、不動産実務の現場に大きなインパクトを与える二つの制度改正が本格的に動き出している。一つは建築基準法の改正——とりわけ「4号特例」の縮小による確認審査対象の拡大と、建築物省エネ法との一体的な規制強化である。もう一つは相続税における不動産評価の見直し——令和8年度税制改正大綱で示された、投資用不動産を活用した相続税圧縮スキームへの歯止めだ。
前者は設計・施工・売買いずれの局面でも手続きコストと工期に影響し、後者は不動産を活用した資産承継戦略の根幹を揺るがす。不動産投資家、宅建士、不動産鑑定士、税理士、弁護士、司法書士——いずれの立場であっても、この二つの制度改正を横断的に理解し、実務にどう反映させるかが問われている。本稿では、法令条文と最新の公式資料に基づき、両改正の要点と実務への影響を徹底的に整理する。
背景・現状分析:なぜ今、建築基準法と相続税制が同時に動くのか
建築基準法改正の背景——4号特例の限界と省エネ義務化の潮流
建築基準法第6条第1項は建築確認が必要な建築物を4つの号に区分している。従来、同項第4号に該当するいわゆる「4号建築物」(木造2階建て以下かつ延べ面積500㎡以下かつ高さ13m・軒高9m以下、非木造では平屋かつ200㎡以下)は、建築士が設計を行った場合、構造耐力関係規定等の審査が省略されていた(建築基準法第6条の4、いわゆる「4号特例」)。
この特例は、建築士の職能を信頼し行政手続きを簡素化する趣旨で設けられたが、近年の大規模地震や気候変動に伴う災害激甚化のなか、審査を経ない木造住宅の構造安全性への懸念が高まった。実際、2016年の熊本地震では新耐震基準適合の木造住宅にも倒壊事例が確認され、壁量計算の精度向上と第三者チェックの必要性が改めて指摘された。
同時に、2050年カーボンニュートラルの実現に向け、住宅・建築物分野のエネルギー消費削減が急務となり、建築物省エネ法(建築物のエネルギー消費性能の向上等に関する法律)との一体的な制度設計が進められた。2022年6月に公布された「脱炭素社会の実現に資するための建築物のエネルギー消費性能の向上に関する法律等の一部を改正する法律」(令和4年法律第69号)は、建築基準法と建築物省エネ法の双方にわたる大改正であり、その多くの規定が2025年4月に施行、一部は公布から3年以内(2025年6月まで)の施行が予定されていた。
相続税評価見直しの背景——タワマン節税判決と評価乖離問題
一方、相続税に関しては、2022年4月の最高裁判決(令和2年(行ヒ)第283号)が大きな転機となった。この判決は、相続開始直前に購入した賃貸マンション2棟について、路線価等に基づく相続税評価額(約3.3億円)と鑑定評価額(約12.7億円)の間に著しい乖離があった事案で、国税庁長官が財産評価基本通達6項(いわゆる「総則6項」)を適用して鑑定評価額で課税したことの適法性が争われたものだ。最高裁は「他の納税者との間に看過しがたい不均衡が生ずる」場合の通達によらない評価を適法と判断した。
この判決を受け、令和6年1月からマンションの相続税評価に「区分所有補正率」が導入された(いわゆるマンション評価の新通達)。そして2025年12月公表の令和8年度税制改正大綱では、さらに踏み込んだ見直しが明記された。具体的には、相続開始前5年以内に対価を伴う取引により取得・新築された一定の貸付用不動産について、路線価等による評価ではなく「通常の取引価額」を基準とする方針が示されている。
つまり、建築規制の強化によって新築住宅の性能とコストが上がる一方、相続税上の評価方法も市場価格に近づく方向で改正が進む。この二つの改正は、不動産の取得・保有・承継のすべてのフェーズに影響を及ぼす点で、実務家にとって極めて重要な転換点といえる。
法令・判例解説①:建築基準法改正——4号特例縮小の具体的内容
旧4号建築物から新2号・新3号への再編
改正後の建築基準法第6条第1項では、従来の4号区分が廃止・再編される。国土交通省の制度説明資料によれば、改正後の区分は以下のとおりとなる。
- 新2号建築物:木造で「地階を除く階数が2以下」かつ「延べ面積300㎡以下」かつ「高さ16m以下」の建築物(ただし平屋かつ200㎡以下のものを除く)、および木造以外の小規模建築物
- 新3号建築物:上記に該当しない、より小規模な建築物(木造平屋で200㎡以下等)
従来の4号特例では、木造2階建て・延べ面積500㎡以下の住宅は構造関係規定の審査が省略されていた。改正後は、木造2階建てで延べ面積300㎡超の建築物は新2号に該当しなくなり、構造関係規定を含むフルスペックの審査対象となる。また新2号に該当する建築物であっても、確認審査における省略範囲が縮小される。
【建築基準法第6条第1項(改正後の趣旨)】
建築主は、建築物を建築しようとする場合、建築主事の確認を受け、確認済証の交付を受けなければならない。改正により、従来の第4号は廃止され、新たな区分に基づく確認審査が行われる。
構造規定の変更——壁量計算・構造計算の対象拡大
改正前は、木造2階建て以下・延べ面積500㎡以下・高さ13m以下・軒高9m以下の建築物は仕様規定(壁量計算等)の対象であり、構造計算は不要であった。改正後は以下のように変更される。
- 仕様規定(壁量計算等)の対象:木造で地階を除く階数が2以下かつ延べ面積300㎡以下かつ高さ16m以下(平屋かつ200㎡以下のものを除く)
- 構造計算が必要となる範囲:延べ面積300㎡超または高さ16m超の木造建築物は、許容応力度計算等の構造計算が求められる
これにより、従来は壁量計算のみで済んでいた延べ面積300㎡超~500㎡以下の木造2階建て住宅にも構造計算が必要となり、設計コストと審査期間が増加する。
伝統的木造建築物に対する構造計算適合性判定の特例
改正建築基準法第6条の3第1項に基づき、石場建て等の小規模な伝統的木造建築物については、一定の条件の下で構造計算適合性判定(適判)を不要とする特例が設けられた。具体的には、以下の要件をすべて満たす場合に適用される。
- 構造設計一級建築士が設計または確認を行っていること
- 構造計算適合判定資格者である建築主事等が建築確認審査を行うこと
伝統構法の建築物は柱と基礎を緊結しない(石場建て)等の理由から仕様規定に不適合となるケースが多く、従来は構造計算+適判という二重のハードルがあった。この特例により、専門家の関与を条件に手続きが簡素化されるため、伝統的木造建築物の保全・活用が促進されることが期待される。
省エネ適合義務化との連動
建築物省エネ法の改正により、2025年4月以降に着工するすべての新築住宅・非住宅建築物に対して省エネ基準への適合が義務化された。建築確認申請の際に省エネ基準適合の審査が行われるため、4号特例の縮小と合わせ、小規模木造住宅の確認申請に必要な書類が大幅に増加する。具体的には、壁量計算書・構造図面に加え、省エネ計算書・仕様書の提出が必要となる。
法令・判例解説②:相続税評価の見直し——令和8年度税制改正大綱の核心
現行制度の仕組みと「評価乖離」の構造
相続税における不動産評価は、財産評価基本通達に基づき、土地は路線価(公示価格の約80%水準)、建物は固定資産税評価額(再建築価格の約50~70%水準)で評価される。さらに賃貸用不動産の場合は以下の減額要素が加わる。
- 貸家建付地の評価減:自用地評価額 ×(1 − 借地権割合 × 借家権割合 × 賃貸割合)
- 貸家の評価減:固定資産税評価額 ×(1 − 借家権割合 × 賃貸割合)
- 小規模宅地等の特例(租税特別措置法第69条の4):貸付事業用宅地等で200㎡まで50%減額
これらの重畳的な減額により、市場価格10億円の賃貸マンションが相続税評価額で3~4億円程度になるケースも珍しくなく、現金保有と比較して大幅な圧縮効果があった。
最高裁令和4年4月19日判決の射程
前述の最高裁判決(令和4年4月19日第三小法廷判決)は、以下の点で実務に重大な影響を与えた。
「相続税の課税価格に算入される財産の価額について、評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情がある場合には、他の合理的な時価の評価方法によることが許される」(判決要旨)
この判決は、路線価評価と時価の乖離が著しい場合に「総則6項」による否認リスクがあることを明確にしたが、どの程度の乖離で否認されるかの定量的基準は示されなかった。この「予測可能性の欠如」が実務上の混乱を招いていた。
令和8年度税制改正大綱の具体的内容
令和8年度税制改正大綱では、この問題に正面から対処する制度改正が示された。その骨子は以下のとおりである。
- 対象不動産:相続開始前5年以内に、対価を伴う取引により取得または新築された「一定の貸付用不動産」
- 評価方法:原則として「課税時期における通常の取引価額」を基準に評価
- 例外:税負担に著しい不合理が生じない場合は、取得価額を基礎とし、その後の地価変動等を考慮した金額のおおむね80%相当額を評価水準とすることが認められる
この改正が施行されれば、相続開始直前の駆け込み取得による評価圧縮は事実上封じられることになる。ただし「5年」というラインの妥当性や、「一定の貸付用不動産」の具体的な範囲については、今後の政省令・通達で詳細が定まる。
不動産の小口化商品への波及
税制改正大綱では、不動産の小口化商品(任意組合型・匿名組合型等)についても相続税評価のあり方が課題として言及されている。小口化商品は複数の投資家が不動産を共有持分として保有する仕組みであり、従来は持分割合に応じた路線価評価が適用されていた。この分野への規制強化の方向性にも注意が必要だ。
投資家・実務家への影響と具体的アクションポイント
不動産投資家が取るべき対応
- 新築戸建て投資のコスト増に備える:
4号特例縮小により、木造2階建て住宅の設計・確認申請コストが増加する。構造計算費用(概ね20万~50万円/件)や省エネ計算費用の上乗せを投資採算に織り込む必要がある。工期も従来比で1~2か月延びる可能性がある。 - 相続対策としての不動産取得は「5年ルール」を意識:
令和8年度税制改正で「相続開始前5年以内の取得」が対象となるため、相続対策として賃貸不動産を取得する場合は、被相続人の年齢・健康状態を考慮し、5年超前の取得計画を立てることが合理的となる。 - 評価額80%ルールの活用:
5年以内の取得であっても、「著しい不合理が生じない場合」は取得価額ベースの80%評価が認められる。この例外規定の具体的な適用要件を注視し、取得価額と時価の乖離が小さい物件であれば、なお一定の圧縮効果が期待できる。 - 小口化商品の再検討:
不動産小口化商品を活用した相続対策を検討中の場合は、今後の通達改正の動向を確認するまで、大規模な組成は慎重に判断すべきである。
宅建士・不動産鑑定士が押さえるべきポイント
- 重要事項説明への影響:
4号特例縮小に伴い、既存の木造住宅の売買においても、建築確認時の審査範囲が異なる点の説明が求められる場面が増える。特に2025年4月以降に確認申請が行われた物件と、それ以前の物件では構造安全性の検証水準が異なることを買主に適切に説明する必要がある。 - 不動産鑑定における省エネ性能の反映:
省エネ適合義務化により、新築住宅の断熱性能・設備効率が底上げされる。鑑定評価においても、省エネ性能の有無が市場価値に与える影響(光熱費削減、補助金適用可能性等)を定量的に評価する手法の確立が求められる。 - 相続税評価と鑑定評価の関係:
「通常の取引価額」による評価が制度化される場合、不動産鑑定士による鑑定評価の需要が増加する可能性がある。特に賃貸不動産の収益還元法による評価においては、空室率・経費率・キャップレートの設定根拠がより厳格に問われることになるだろう。
弁護士・司法書士・行政書士が注目すべき論点
- 相続登記義務化との交差:
令和6年4月1日から施行された相続登記の義務化(不動産登記法第76条の2、正当な理由なく3年以内に登記しない場合は10万円以下の過料)と、相続税評価見直しが重なることで、相続発生時に求められる専門家の関与が一層重要になる。不動産登記法第1条が定める「取引の安全と円滑」の観点からも、迅速な登記手続きと適正な評価の両立が求められる。 - 遺産分割協議における不動産評価の争点化:
相続税評価が市場価格に近づくことで、遺産分割協議における不動産の評価方法についての紛争が増加する可能性がある。民法上、遺産分割における評価は「分割時の時価」が原則であるが、相続税評価額を便宜的に用いるケースも多かった。両者の乖離が縮小すれば、合意形成が容易になる面もある一方、「5年ルール」に該当する不動産とそれ以外で評価方法が異なるという新たな複雑性も生じる。 - 被保佐人の不動産取引への影響:
民法第13条第1項第3号は「不動産その他重要な財産に関する権利の得喪を目的とする行為」について保佐人の同意を要すると定めている。相続対策としての不動産取得が被保佐人によって行われる場合、保佐人の同意の有無が事後的に問題となるリスクにも留意すべきである。
まとめ・今後の展望:中長期で見るべき三つの視座
2026年は、建築基準法改正による「建物の質の底上げ」と、相続税評価見直しによる「不動産評価の適正化」が同時に進む転換点である。実務家が中長期的に注視すべき視座は以下の三点に集約される。
第一に、建築コストの構造的上昇。4号特例縮小と省エネ義務化により、新築住宅の設計・施工コストは不可逆的に上昇する。これは新築供給の減少と中古市場の活性化をもたらし、既存ストックの流通・リノベーション市場に追い風となる可能性がある。
第二に、相続税対策の再設計。「5年ルール」の導入により、駆け込み取得型の節税は封じられる方向にある。今後は、長期保有を前提とした賃貸経営の実質的な収益性と、相続税圧縮効果のバランスを精緻に検証する姿勢が求められる。単なる評価圧縮目的ではなく、事業としての合理性が問われる時代に入った。
第三に、専門家連携の深化。建築士・宅建士・不動産鑑定士・税理士・弁護士・司法書士・行政書士——それぞれの専門領域にまたがる改正が同時進行するなか、ワンストップでの対応や、複数専門家のチーム体制による顧客支援がより重要になる。制度の移行期にこそ、正確な情報と的確な判断が顧客の信頼を勝ち取る鍵となるだろう。
政省令・通達の詳細が確定する今後数か月の動向を注視しつつ、早期に実務対応を開始することが、リスク管理と機会獲得の両面で最善の戦略であるといえる。


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