1. モーター回転数を制する者が、飛行許可の第一関門を突破する
「RPM」という指標に潜む、安全管理上の致命的な欠陥
ドローンの運用、特にカテゴリーIIIのような高難易度の飛行許可申請において、多くの事業者が陥る「罠」がある。それは、機体の性能を「RPM(1分間あたりの回転数)」という単位で説明しようとすることだ。
審査官が「突風時の姿勢復元能力」を問うた際、もしあなたが「毎分5,000回転の強力なモーターを採用している」と答えたなら、その瞬間にあなたの専門性は疑われるだろう。
なぜなら、RPMはあくまで「1分間という長時間の平均値」に過ぎないからだ。ドローンの姿勢制御(PID制御)は、1秒間に数百回、あるいは数千回という超高頻度で行われている。0.01秒の遅延が墜落に直結する世界において、60秒間の平均値であるRPMは、あまりに「鈍い」言葉なのだ。
機体が風に煽られたその一瞬、モーターがどれほどの「勢い」で加速し、プロペラがどれほどの「速さ」で空気を切り裂いたか。この「瞬間の挙動」を定量化し、科学的に証明できなければ、行政から「安全の担保がある」と認められることはない。
航空局を沈黙させる「瞬間の言語」:角速度ωとは
この実務上の壁を突破するために、我々が導入すべき物理学のツールが「角速度ω」である。
「角速度」とは、一言で言えば「回転のスピード」を1秒あたりの変化量で表したものだ。車のスピードメーターが「今、この瞬間の時速」を示すように、角速度は「今、この瞬間の回転の勢い」を記述する。
そして、この角速度を定義するために不可欠な単位が「ラジアン(rad)」である。
なぜ、我々に馴染みのある「度(360度)」を捨て、わざわざ「ラジアン」を使うのか。その理由は、ラジアンこそが「回転運動(プロペラの回転)」を「直線運動(空気を押し出す力)」へと、一切の余計な係数を挟まずに直結できる唯一の単位だからだ。
学校で習った「度」は、人間が恣意的に決めた目盛りであり、物理演算においては計算を複雑にするだけのノイズでしかない。一方、ラジアンは「円の半径」と「円周上の進んだ距離」を1対1で結びつける。この幾何学的な純粋さが、ドローンの制御アルゴリズムの基盤となっているのである。
なぜ「ラジアン」が制御シミュレーションを簡略化するのか
「ラジアン」を用いる最大のメリットは、以下のシンプルな関係式が成立する点にある。
v = rω
ここで v はプロペラ先端の速度、r はプロペラの半径である。
もし「度」を使っていれば、ここに「$360$」や「$2\pi$」といった煩雑な定数が入り込み、計算ミスや精度の低下を招く。しかし、ラジアンを用いれば、「半径 × 角速度」という極めて単純な掛け算だけで、プロペラが空気を切り裂く「真の速さ」が導き出される。
この「真の速さ」こそが、ドローンが空中に留まるための「揚力」を生み出す源泉だ。
モーターが1秒間に何ラジアン回転し、それがプロペラの翼端においてどれほどの周速度を生み出すのか。この数値を正確に把握し、書類に記述できるかどうかが、許可申請の成否を分ける。

2.なぜ「宇宙の標準語」は、ドローンの墜落を防ぐのか
「360度」という、人間が決めた不自由な物差し
我々は子供の頃から「円一周は360度」と教えられてきた。しかし、なぜ「360」なのかを深く考えたことはあるだろうか? 古代バビロニアの暦(1年≒360日)に由来するという説が有力だが、これは物理学的な必然性は全くない、単なる「人間の都合」で決めた目盛りに過ぎない。
ドローンの制御システムに「360度」という単位を持ち込むことは、いわば「インチ」や「尺」を使って精密な半導体を設計するようなものだ。計算のたびに「π」といった余計な係数が入り込み、コンピュータの演算リソースを浪費させ、微細な誤差を生む原因となる。
航空局が求める「極限の安全性」をシミュレーションする際、この「人間界のノイズ」を排除しなければ、正確な機体挙動は記述できないのである。
「ラジアン」:半径が描く、最も純粋な角度
物理学者が愛し、ドローンの脳(フライトコントローラー)が理解する唯一の言語が「ラジアン(rad)」である。
ラジアンの定義は、驚くほどシンプルだ。
「円の半径(r)」と「円周を進んだ距離(弧の長さ s)」がぴったり同じになるとき。その時の角度を「1ラジアン」と呼ぶ。
ただそれだけだ。だが、この「半径と距離を等しくする」というルールが、魔法のような数学的メリットをもたらす。
想像してほしい。半径10cmのプロペラが「1ラジアン」回転したとする。その時、プロペラの先端は正確に「10cm」移動している。もし「2ラジアン」回転すれば、先端は「20cm」移動する。
「角度(ラジアン)」と「移動距離(メートル)」が、1対1で完全に同期するのだ。
これが「度」であれば、「1度回転したから、先端は 10π/180 cm移動して……」といちいち煩雑な計算を挟まなければならない。0.001秒を争うドローンの姿勢制御において、この計算の「シンプルさ」は、そのまま「制御の速さと正確さ」に直結する。
円運動と直線運動を繋ぐ「黄金の架け橋」
ここからが、ドローン事業者が最も知るべき核心部分だ。
ドローンのモーターは「回転(丸い動き)」をしているが、我々が欲しいのは機体を浮かせる「揚力(上向きの力)」、つまり「直線的な力」である。この「回転」から「直線」への翻訳を担うのが、次の公式だ。
v = rω
- v:プロペラ先端の速度(直線的な速さ)
- r:プロペラの半径
- ω:角速度(1秒間に何ラジアン回るか)
この式には、πも180も出てこない。
「どれだけの勢いで回っているか(ω)」に「プロペラの大きさ(r)」を掛けるだけで、瞬時に「空気を切り裂く速さ(v)」が導き出される。
フライトコントローラーは、突風で機体が傾いた瞬間、この公式を逆算している。
「姿勢を戻すにはあと 2N(ニュートン)の力が必要だ。そのためには空気を秒速 v メートルで叩かなければならない。ならば、モーターの角速度 ω を今すぐこれだけ上げろ」と。
この一連の思考プロセスにおいて、ラジアンという単位を使っているからこそ、ドローンはコンマ数ミリ秒という神業のような速さで計算を終え、墜落を回避できるのである。

3.科学的根拠を構築する、角速度シミュレーションの実務
前編・中編を通して、我々は「RPM」という曖昧な単位を捨て、物理学の標準言語である「角速度(ω)」と「ラジアン(rad)」を手に入れた。ここでは、これらのツールを用いて、航空局の審査官を納得させるための具体的な計算プロセス――すなわち「制御の定量化」を完結させる。
実務シミュレーション:プロペラ翼端の「真の速さ」を導き出す
ドローンの飛行性能を決定づけるのは、モーターの回転数そのものではなく、プロペラが空気を切り裂く速度、すなわち「翼端周速度(v)」である。
ここで、以下の条件の機体を想定してシミュレーションを行ってみよう。
- プロペラ半径(r):5インチ(約0.127m)
- 常用回転数(N):6,000 RPM
多くの実務者はここで思考を停止するが、我々はまず、この回転数を「角速度(ω)」に変換する。

一回転は2π(rad)で、6000 RPMでは1分間に6000回転するわけだから、分子のようになる。また、1分間は60秒なので、分母の60が来る。
この「628.3 rad/s」という数値こそが、フライトコントローラーが内部で扱っている「真の回転スピード」だ。1秒間に約628ラジアン、つまり円周を約100往復する勢いで回転していることを意味する。
次に、中編で学んだ黄金の公式 v = rω を適用する。

時速に直すと約287km/h。この機体のプロペラ先端は、新幹線並みの速度で空気を切り裂いていることが判明する。
なぜこの数値が「安全証明」に必要なのか
航空局の担当者が懸念する「突風時の安定性」に対し、この数値は強力な反論材料となる。
例えば、秒速10mの突風が吹いた際、機体を安定させるには、風上側の推力を瞬時に高める必要がある。このとき、単に「モーター出力を上げます」と言うのではなく、次のように記述すべきだ。
「本機体は、突風検知から0.02秒以内にモーターの角速度を10%(約63 rad/s)向上させる応答性能を有する。これにより、翼端速度は 8.0 m/s 加速し、動圧の変化に基づき姿勢復元に必要な追加揚力 Xニュートンを即座に発生させることが可能である」
このように、角速度(ω)を起点として速度(v)を導き出し、そこから揚力やエネルギーの変化を語る。この論理の連鎖こそが、物理学を用いた「不許可リスクの排除」である。ラジアンという単位を使っているからこそ、角度の変化がそのまま「距離」や「速度」の議論に直結し、計算の透明性が担保されるのだ。
制御の限界点:角加速度(α)への展望
さらに高度な安全証明を目指すならば、角速度の変化率である「角加速度(α)」にも触れる必要がある。
突風に対して「どれだけ速く回転数を変えられるか」は、次の式で表される。

ここで Δt は応答時間である。この角加速度が、のちの回で詳説する「慣性モーメント(回りにくさ)」や「トルク」と結びつき、機体の「真の俊敏性」を数学的に定義することになる。
角速度を理解したあなたは、今、ドローンの挙動というカオスな現象を、完全に制御可能な「数式」の檻(おり)に閉じ込める第一歩を踏み出した。
第1回総括:物理学的言語が「許可」を引き寄せる
「よく飛ぶ」や「パワフルだ」といった主観的な表現は、航空局の書類には1文字も必要ない。審査官が求めているのは、物理法則に裏打ちされた再現性のある数値である。
ラジアンという宇宙共通の物差しを用い、角速度という「瞬間の言語」で機体を記述すること。
それができて初めて、あなたは「なぜこのドローンは落ちないのか」という問いに対し、科学者としての威厳を持って回答することができる。
物理学を制する者は、空を制する。そして、その入り口は、この「ラジアンと角速度」の完全なる理解にあるのだ。


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