シリーズ位置づけ: 第1回では「ラジアンと角速度」によってモーターの回転状態を記述する言語を習得した。第2回では、その回転が「力」に変換されるプロセス――すなわちトルクと推力の物理学――を解剖する。これを理解せずして、重量物の飛行許可申請書に説得力を持たせることはできない。
1. 課題提示:現場で突きつけられる「その根拠は?」という一言
審査官室で起きた沈黙
農薬散布ドローンによる許可申請の場面を想像してほしい。機体の最大離陸重量(MTOW)は25kg。搭載する農薬タンクは最大10kgの液体を保持する。担当者の眼鏡の奥の目が細くなり、こう言った。
「このドローン、本当に10kgを安全に持ち上げられる根拠はどこに書いてあるのですか。メーカーのカタログスペックしか見当たりませんが。」
この一言に対し、「メーカーが保証しています」と答えた瞬間、その申請は終わる。
審査官が求めているのは「物理的根拠の提示」である。カタログの数字ではなく、「なぜその機体が、その重量を、その気象条件下で持ち上げられるのか」という因果関係の証明だ。さらに彼らは続けてくる。
「モーターが1基故障した場合、残りのモーターで機体と荷物を支えられますか?計算を見せてください。」
この問いに物理で答えられない者は、許可を得られない。得られたとしても、それは「運」に過ぎない。
2. 武器の提示:トルク・推力・ニュートンの第二法則
今回使用する物理の「武器」は3つだ。これらはセットで使う。
武器①:トルク(Torque)

- τ(タウ):トルク[N・m、ニュートンメートル]
- r:回転軸からの距離(プロペラ半径)[m]
- F:接線方向に働く力[N、ニュートン]
武器②:推力(Thrust)

- T:推力[N]
- C_T:推力係数(プロペラ形状で決まる無次元数)
- ρ(ロー):空気密度[kg/m³]
- n:プロペラ回転数[回転/秒、rps]
- D:プロペラ直径[m]
武器③:ニュートンの第二法則
F = ma
機体がホバリングするためには、全推力の合計=重力(mg)でなければならない。上昇するためには、全推力 > mgでなければならない。この単純な不等式が「安全に持ち上げられるか」の判定基準となる。
ここまで読んで「式の形は分かったが、なぜこの形になるのかが腑に落ちない」と感じた人がいるはずだ。それは正直な反応であり、むしろその疑問を持った人こそ、本当の意味でこの式を使いこなせる人間になれる。
次の章では、

という式を構成する4つの要素を、一つひとつ直感的に分解する。
3. メカニズムの解説:「なぜこの式なのか」を骨の髄まで理解する
3-0. まず「推力 T とは何か」を身体感覚で掴む
プールの中で手のひらを水に向け、後ろに向かって思い切り押してみてほしい。体が前に進む。これがニュートンの第三法則、作用・反作用だ。
ドローンのプロペラがやっていることは、本質的にこれと同じである。プロペラは空気を下に向かって押し出す。その反作用として、機体は上に押し上げられる。 推力Tとは、「どれだけ強く空気を下に叩きつけられるか」の指標に他ならない。
この理解を土台に、式の各要素を見ていこう。

3-1. C_Tとは何か:「プロペラの性格」を一つの数字に凝縮したもの
公式を見ると、CT(推力係数)という見慣れない記号が最初に登場する。これが最も「謎めいた」変数だろう。
直感的な説明: CT とは、「このプロペラは、同じ条件で回したとき、どれだけ効率よく空気を押せるか」を表すプロペラの「通知表」の点数だと思ってほしい。
少し具体的に考えよう。同じ直径・同じ回転数のプロペラが2種類あるとする。一方は薄くて平べったいブレード、もう一方は翼型(飛行機の翼のような曲面)を持つ高性能ブレードだ。後者の方が、同じ回転数でより多くの空気を、より効率的に下に押し出せる。この「差」を数値化したものが CT である。

では CT はどうやって決まるのか。答えは「風洞試験」だ。メーカーがプロペラを実際に回して、様々な回転数・気流条件で推力を計測し、そこから逆算して求める。
実務的な意味: 申請書にプロペラメーカーの CT データシートを添付することで、「私はカタログの最大推力値をそのまま信じているのではなく、プロペラの物理特性から計算で安全性を導いた」という姿勢を示せる。これが審査官の信頼を勝ち取る一手となる。
CT の典型値は 0.05〜0.15 の範囲。ピッチ(プロペラが1回転で理論上進む距離)が高いほど大きくなる傾向がある。
3-2. なぜ密度ρが出てくるのか:「薄い空気では力が出ない」という物理
直感的な説明: 先ほどのプールの例に戻ろう。今度は同じ動作を、水の中ではなく空気の中でやってみてほしい。手のひらで空気を後ろに押しても、ほとんど前に進まない。当たり前だが、これは空気が水よりはるかに軽い(密度が低い)からだ。
密度ρとは「空気1立方メートルあたりの質量」のことだ。標準的な海面・気温15℃の条件では 1.225 kg/m³。つまり1辺1mの立方体に詰まった空気は約1.2kgある。
プロペラは空気を「掴んで」下に押し出すことで推力を生む。掴む空気が重い(密度が高い)ほど、より大きな反力(推力)が得られる。逆に、掴む空気が軽い(密度が低い)と、いくら速く回しても力が出ない。

これが実務で直結する理由: 夏の山岳地帯(標高1,500m・気温30℃)では、ρが標準の約82%まで低下する。同じ回転数・同じプロペラでも、推力は自動的に18%減る。つまり「平地で余裕をもって飛べる機体」が、山岳地帯では設計限界ギリギリになる可能性がある。この計算を提示せずに山岳地帯のペイロード飛行を申請することは、物理を無視した行為だ。
空気密度ρは理想気体の状態方程式(第33回で詳述)から導出されるが、実務的には以下の近似式を用いる。

- P:大気圧[Pa]
- Rd:乾燥空気の気体定数 = 287.05 J/(kg·K)
- Tabs:絶対温度[K](℃ + 273.15)
実務上の数値比較:
| 条件 | 気温 | 気圧(推定) | ρ [kg/m³] | 標準比 |
| 海面・冬季 | 5℃ | 101,325 Pa | 1.269 | 103.6% |
| 海面・標準 | 15℃ | 101,325 Pa | 1.225 | 100.0% |
| 海面・真夏 | 35℃ | 101,325 Pa | 1.146 | 93.6% |
| 標高1,500m・夏 | 30℃ | 84,560 Pa | 1.005 | 82.0% |
3-3. なぜ回転数nの「2乗」がかかるのか:「速さが2倍になると、力は4倍になる」
直感的な説明: プロペラの回転数が2倍になったとき、推力は2倍になるだろうか?
答えは4倍だ。なぜか。
実は「空気を押し出す力」は2つの要素が同時に変わることで決まる。
要素①:どれだけの速さで空気を押し出すか(吐き出し速度) 回転数が2倍になれば、ブレードが空気を叩く速度も2倍になる。
要素②:1秒間にどれだけの量の空気を処理するか(流量) 回転が速くなれば、単位時間あたりに吸い込む空気の量も増える。速度が2倍なら、流量も2倍だ。
推力=吐き出し速度×流量 という関係があるため(運動量理論の詳細は第36回で扱う)、速度が2倍になると推力は 2×2=4倍 になる。これが「2乗」の正体だ。

実務的な意味: この「2乗則」は怖い側面も持つ。回転数が少し落ちると、推力は「少し落ちる」のではなく大きく落ちる。モーターへの電圧降下(バッテリー残量低下)が推力に与えるダメージは、思っているより深刻だということだ。バッテリーを「もう少し使える」と油断する事故の多くは、この2乗則の見落としに起因する。
3-4. なぜ直径Dの「4乗」という大きな係数がかかるのか:「プロペラを大きくする」ことの圧倒的な効果
これが最も驚くべき部分だ。直径が「2倍」になると、推力は 2⁴=16倍 になる。なぜこれほどまでに大きな指数になるのか。
直感的な説明を2段階で:
【第1段階:直径が2倍→面積は4倍】
プロペラが1秒間に「掃く」面積(ディスク面積)を考えよう。プロペラを上から見ると円形に見える。円の面積の公式は πr2、直径で表すと πD2/4 だ。
直径が2倍になると、面積は 22 = 4倍 になる。面積が大きいほど、1秒間により多くの空気を取り込める。これでまず2乗分が説明できる。

【第2段階:面積が大きいほど「ゆっくり」押せる→これがさらに効率を高める】
ここが少し深い話になる。推力を生むためには空気を押し出せばよいのだが、「小さなプロペラで強く速く押す」よりも「大きなプロペラでゆっくり広く押す」方が、同じ推力をより少ないエネルギーで得られる。
なぜか。小さな面積で大きな推力を得ようとすると、空気を非常に高速で吐き出さなければならない。速度が高いほど、空気の運動エネルギー(捨てエネルギー)として失われる分が増える。大きなプロペラはゆっくり回しても広い面積で大量の空気を扱えるため、捨てエネルギーが少ない。
この「速度の効率」の部分がもう一つの D² として現れ、ディスク面積の D² と合わさって D⁴ という指数になる。
実務的な意味: 直径を「ほんの少し」大きくするだけで、推力は劇的に増す。逆に言えば、プロペラサイズを申請書に記載する際、実測プロペラ径の正確な記入は非常に重要だ。1インチ(約2.5cm)の違いが計算結果を大きく左右する。
3-5. 式全体を「一つのストーリー」として読む
ここまでの4要素を整理すると、推力の式は次のように「読める」。

「このプロペラ(CT)が、この濃さの空気(ρ)を、これだけの勢いで(n²)、これだけの広さで掃いて(D⁴)押し出すことで生まれる力」
これが推力だ。4つの変数はどれ一つとして省略できない。そして4つ全てを計算に組み込んで初めて、申請書の「推力安全性評価」は物理的に完結する。
3-6. モーターがプロペラを「ねじる」:トルクτの役割

推力Tが「どれだけの力で上に持ち上げるか」の指標なら、トルクτは「その力を生み出すためにモーターがプロペラをどれだけ強くねじっているか」の指標だ。

モーターに電流を流すと電磁力が発生し、ローターが回転する。この回転力がプロペラのブレードを空気の中で動かし、推力を生む。トルクが不足すれば、プロペラは所定の回転数に達せず、推力が計算値を下回る。
これが申請書において「モーターKV値×使用電圧→最大RPM→トルク→推力」というチェーンをきちんと示す理由だ。チェーンのどこか一つでも数値が崩れれば、計算された推力は信用できなくなる。
4. 実務計算:安全マージンの導出
ケーススタディ:農薬散布ドローン(MTOW 25kg)の許可申請
以下の機体スペックで計算を組み立てる。

Step 1:空気密度の計算

Step 2:1基あたりの最大推力

Step 3:全6基の合計最大推力

Step 4:本当に必要な安全マージンとは何か

許可申請において提示すべきスラストマージンの基準は3層構造で考える。

国際的な有人航空機の設計基準に倣い、Thrust-to-Weight Ratio(TWR)≥ 1.5以上を「安全の根拠」として提示する。

全開出力で機体重量の1.5倍以上の推力が出せることを証明することで、突風・モーター故障・高温低密度環境という三重苦が同時に発生しても機体が空中で生存できることを物理で示せる。
Step 5:モーター1基停止時のシミュレーション
審査官が最も恐れる質問に答える。「6基のうち1基が止まったらどうなるか。」
残存推力:

ホバリング必要推力245.25 Nに対し、178.5 Nしか残らない。つまりこのままでは墜落する。
しかしここが重要だ。この計算を申請書に明示したうえで、こう続ける。
「モーター冗長性喪失(Motor Out)時、フライトコントローラーは残存5基のスロットルを最大出力(100%)にフェイルセーフ制御するとともに、自動緊急着陸シーケンスを起動する。緊急降下開始から接地まで、機体は位置エネルギーをもって高度を失いながら着陸を完了する。なお、この詳細な運動量解析は第11回『角運動量保存の法則』で示す。」
「リスクを認識し、対策を実装済み」という構造で申請書を組み立てる。これが物理を「言い訳」ではなく「誠実な証拠」として使う技術だ。
Step 6:申請書への記載フォーマット(例示)

まとめ:「感覚」を「計算」に変換することの意味

推力の式

は、最初は記号の羅列に見える。しかし今や、この式は一つの物語として読めるはずだ。
「プロペラの性格(C_T)が、その場の空気の重さ(ρ)に作用し、回転の勢い(n²)と羽の大きさ(D⁴)によって増幅されて、推力(T)が生まれる。」
審査官は物理の専門家ではない。しかし数式と計算プロセスは、どの省庁のどの担当者に対しても通用する「共通言語」だ。「このドローンは持ち上げられます」という主張と、「気温30℃・標高0mにおける空気密度1.165 kg/m³のもと、推力係数0.118を持つ本機は35.7N×6基=214.2Nを確保し、実運用ペイロードをXkgに制限することでTWR≥1.5を達成する」という主張の間には、天と地ほどの差がある。
物理の言語を話せる者だけが、審査官の「その根拠は?」という問いに、正面から、そして冷静に答えることができる。
次回予告:第3回【作用・反作用の法則】
モーターが生み出す推力の「代償」として、ドローンは真下に強烈なダウンウォッシュ(下降気流)を発生させる。これが第三者上空飛行の許可において最大の争点となる「人への安全距離」の物理的根拠となる。プロペラが押し下げる空気の力を定量化し、「何m離れれば人は安全か」を計算で示す。
→ 第1回「ラジアンと角速度」はこちら → 第3回「作用・反作用の法則」へ続く


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