1. 【課題提示】「ベテランだから安全です」という主観が招く、補正地獄と事業停止の悪夢
「当社のパイロットは飛行時間1,000時間を超えるベテランです。過去に墜落事故は一度もありません。だからDID(人口集中地区)での目視外飛行も安全に遂行できます。どうか信じてください」
航空局への許可・承認申請の窓口や、自治体との事前協議の場において、このような「実績アピール」や「主観的な安全宣言」を武器に交渉に臨む事業者が後を絶たない。もしあなたの作成した申請書や独自マニュアルの根底に、この「私(たち)を信じてくれ」という情緒的なメッセージが流れているとしたら、その申請は直ちに補正対象となり、永遠に許可が下りない「無限ループ」へと突入することになる。
なぜか。行政の審査官は、あなたの「熱意」や「自信」を1ミリも評価しないからだ。彼らが直面しているのは、「もしこの機体が制御不能に陥り、地上の第三者に激突して死亡事故を引き起こした場合、許可を出した自分はマスコミや国会、あるいは司法の場でその判断の正当性を証明できるか」という冷徹な責任問題(アカウンタビリティ)である。
「パイロットが『大丈夫だ』と言っていたので許可しました」という言い訳が、現代の行政において通用するはずがない。審査官からすれば、客観的証拠を伴わない主観的な安全主張は、「私のビジネスのために、行政であるあなたがリスクを丸抱えしてください」と強要しているに等しいのだ。
結果として、審査官は自らの身を守るため、「安全性が客観的に担保されていない」「異常時の対応が不明確である」「代替的な安全対策の詳細を記載せよ」という、終わりの見えない補正指示を浴びせ続けることになる。事業の開始予定日は過ぎ去り、クライアントからの信用は失墜し、莫大な機材投資が不良債権と化す。これが、「主観」で行政の壁を突破しようとした者が迎える必然的な結末である。
2. 【解決の武器】 法学上の大原則「立証責任(Burden of Proof)」の転換
この絶望的な補正地獄を回避し、審査官に「これならば許可せざるを得ない」と決裁印を押させるための武器。それは、高度な法学理論に基づく「立証責任(Burden of Proof)の所在」の正確な把握である。
法学(特に行政法や訴訟法)において、「原則」に対する「例外」を主張する者は、その例外が認められるべき客観的な理由を自らの手で証明しなければならない。これを「立証責任の分配」と呼ぶ。
第1回で解説した通り、航空法第132条の85(飛行の禁止空域)や同132条の86(飛行の方法)は、特定飛行を「原則として禁止」している。そして、その禁止の解除(許可・承認)を求めるのは、行政ではなく「申請者(あなた)」である。
すなわち、「この飛行は、航空機の航行の安全並びに地上及び水上の人及び物件の安全を損なうおそれがない」という事実を、客観的・科学的・工学的なエビデンスをもって証明する責任(立証責任)は、100%申請者側にある。
「危なくない理由を行政側が教えてくれるだろう」「フォーマットを埋めれば通るだろう」という甘えは、立証責任の放棄に他ならない。プロフェッショナルな申請者は、「審査官を説得する」のではなく、彼らが何も考えずとも安全性を確認できるだけの「圧倒的で反証不可能な証拠の山(セーフティ・ケース)」を構築し、彼らの机の上に突きつけるのである。
3. 【メカニズムの解説】 審査官を沈黙させる「ロバスト性(堅牢性)」という評価尺度
立証責任が申請者にあるとして、では審査官は「どのようなレベルの証拠」を求めているのか。
「SORA(Specific Operations Risk Assessment)」をベースとした、我が国の実質的な国家ルールブックである「安全確保措置検討のための無人航空機の運航リスク評価ガイドライン(RTF-GL-0006)」を紐解けば、その答えは明確に規定されている。
同ガイドラインの7-2項において、安全確保措置の有効性を評価する極めて重要な概念として「ロバスト性(Robustness:堅牢性)」が定義されている。
多くの実務家は、「パラシュートを付けました」「補助者を置きました」という「対策の存在」だけをアピールして満足する。しかし、審査官が評価するのは対策の存在ではない。その対策の「ロバスト性」である。

ロバスト性は、以下の2つの次元の掛け合わせによって決定される。
1. 安全性の水準(Safety Gain) その対策が、技術的・物理的・運用的に「どれほどの効果があるか」という尺度。パラシュートの面積や、ジオフェンスの作動速度など、「設計上の性能」を指す。
2. 保証の水準(Assurance) ここが極めて重要である。その対策が「確実に機能すること」を、「どのような方法で証明(保証)しているか」という尺度。単なる自己申告(メーカーのカタログ値を信じるだけ)であれば「低」、実証実験やシミュレーションデータがあれば「中」、適切な第三者機関(RTFのような公的テストフィールド等)による検証がなされていれば「高」と評価される。
そして、ガイドラインが突きつける最も冷酷なルールはこれだ。 「ロバスト性は、安全性の水準と保証の水準の『低い方』に準じて評価される」。
つまり、いかに100万円の高性能なレーザー・レーダー(安全性の水準:高)を機体に搭載して「これで第三者との衝突を回避できます」と主張したところで、その作動テストのログや客観的証明データ(保証の水準:低)を提出できなければ、審査官はその対策を「ロバスト性:低」としか評価しない。立証責任を果たしていないとみなされるのだ。
「ベテランだから安全」という主張が通らない理由もここにある。「ベテラン」という曖昧な概念は「保証の水準」を客観的に満たさないため、行政手続における立証の土俵にすら上がれないのである。
4. 【実務への落とし込み】 主観を客観に変換する「セーフティ・ケース」の構築術
ロバスト性のメカニズムを理解した今、貴殿がDIPS(ドローン情報基盤システム)で入力すべきテキストや、独自マニュアルに記載すべき「立証の論理構成」は劇的に変わらなければならない。
役人の裁量権を完封し、「これなら許可せざるを得ない」と決裁印を押させるための、完璧な立証文書(セーフティ・ケース)の作成手順を伝授する。
【NG例:主観的で立証責任を放棄した記載】 「目視外飛行中の通信途絶に備え、フェールセーフ機能(自動帰還)を設定します。機体はメーカー製であり、正常に作動するため安全です。」 (※解説:保証の水準が皆無。「正常に作動する」という根拠がないため、補正の無限ループに陥る)
【OK例:ロバスト性を満たし、立証責任を果たした記載】 高難易度のカテゴリーⅢ飛行や、DID地区における目視外飛行等の申請においては、「代替的な安全対策」や「独自マニュアル」の項目に、以下のように冷徹なエビデンスを羅列する。
「本運航における目視外飛行時の通信途絶リスクに対する安全確保措置(M3:緊急事態対応計画、および技術的OSO)として、機体のフェールセーフ機能(RTH:自動帰還機能)を利用する。 本対策の『保証の水準』を満たし、確実な作動を立証するため、以下の客観的検証を実施した。
- 実証データによる証明: 飛行開始予定エリアと同等の電波環境(ノイズ環境)下において、事前に通信遮断テストを〇回実施し、〇回すべてにおいて通信途絶から〇秒以内にRTHが正確に発動したことを、フライトコントローラーのログデータおよび検証動画として記録・保存している。
- メーカー仕様と環境適合の証明: 使用機体は『安全確保措置検討のための無人航空機の運航リスク評価ガイドライン(RTF-GL-0006)』に準拠し、〇〇の通信規格を用いており、予測される最大飛行距離〇〇mにおいても、十分なリンクマージン(電波強度の余裕)が確保されていることを事前の電波伝搬シミュレーションにより確認済みである。 以上の客観的検証結果から、本飛行において通信途絶が地上の第三者に危害を及ぼすリスクは法令の許容範囲内に完全に低減されており、本飛行計画の安全性は実証されている。」
いかがだろうか。 ここに「私を信じてください」という感情論は一切ない。あるのは、テストを実施したという「事実」、フライトログという「物理的証拠」、そしてガイドラインの要求水準(ロバスト性)を意図的に満たしたという「法的な宣言」だけである。
審査官は、このような「保証の水準」を自ら証明してくる申請書を待ち望んでいる。なぜなら、万が一事故が起きたとしても、審査官は「申請者からこれほど精緻な実証データと客観的な立証が提出されていたため、法令に基づき許可を出した」と、自らの身を守る完璧な言い訳(法的根拠)ができるからだ。
立証責任とは、「重荷」ではない。役人に「反論の余地」を与えず、彼らを安心させて合法的に自分のビジネスの片棒を担がせるための、最強の「武器」なのである。


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