まず「ベクトル」を思い出す
ベクトルとは、大きさと方向の両方を持つ量のことだ。
たとえば「風速8 m/s」だけでは情報が足りない。「北から南へ向かって風速8 m/s」と言って初めて、ドローンの飛行計画に使える情報になる。この「方向付きの量」がベクトルである。矢印で描くとわかりやすい——矢印の長さが大きさを、矢印の向きが方向を表す。
「外積」とは——二つのベクトルから、第三の方向が生まれる演算
ベクトル同士の掛け算には二種類ある。一つは「内積(ドット積)」で、結果がただの数字(スカラー)になる。もう一つが今回の主役、外積(クロス積)だ。外積の結果は新しいベクトル——つまり、大きさと方向を持つ量が生まれる。
外積の記号は「$\times$」を使い、二つのベクトル $\vec{A}$ と $\vec{B}$ の外積は $\vec{A} \times \vec{B}$ と書く。
$$\vec{C} = \vec{A} \times \vec{B}$$
この結果として生まれるベクトル $\vec{C}$ には、二つの重要な性質がある。
性質1:方向は「第三の軸」を向く
$\vec{A}$ と $\vec{B}$ が作る平面に対して、垂直な方向を向く。つまり、二つのベクトルがテーブルの上に寝ていたら、外積の結果はテーブルから天井に向かって(あるいは床に向かって)立ち上がる。
性質2:大きさは「平行四辺形の面積」に等しい
$$|\vec{C}| = |\vec{A}| \cdot |\vec{B}| \cdot \sin\theta$$
ここで $\theta$ は二つのベクトルのなす角度だ。二つの矢印が完全に直角($\theta = 90°$)なら $\sin 90° = 1$ で外積は最大になり、完全に平行($\theta = 0°$)なら $\sin 0° = 0$ で外積はゼロになる。
日常の具体例:ドアノブを回す
外積が最も直感的に理解できるのは、**トルク(回転させる力)**の場面だ。実は第2回本編で登場した $\tau = r \times F$ は、厳密にはこのベクトル外積である。
ドアを開ける場面を想像してほしい。
ドアのヒンジ(蝶番)から取っ手までの距離が「腕の長さベクトル $\vec{r}$」、取っ手を押す力が「力のベクトル $\vec{F}$」だ。このとき発生するトルク $\vec{\tau}$ は:
$$\vec{\tau} = \vec{r} \times \vec{F}$$
ここで三つの状況を比較してみよう。
状況A:ドアに対して垂直に押す($\theta = 90°$) $\sin 90° = 1$ なので、力がすべて回転に変換される。ドアは軽々と開く。これが最も効率的な押し方だ。
状況B:ドアに対して斜め45°に押す($\theta = 45°$) $\sin 45° \approx 0.707$ なので、力の約71%しか回転に寄与しない。同じ力で押しても、ドアの開きが鈍くなる。
状況C:ドアの面に沿って横にスライドさせるように押す($\theta = 0°$) $\sin 0° = 0$ なので、トルクはゼロ。どれだけ力を込めても、ドアは一切回転しない。力の方向が腕の方向と完全に平行だからだ。
そして、発生したトルク $\vec{\tau}$ の方向は、ドアの面でも力の方向でもなく、ヒンジの軸方向——つまりドアが回転する軸の方向を向く。二つのベクトル($\vec{r}$ と $\vec{F}$)が作る平面に対して垂直な、「第三の方向」が自然に決まるのだ。
「右手の法則」——外積の向きの決め方
外積で生まれるベクトルが「上」を向くのか「下」を向くのかは、右手の法則で判定する。
右手を開いて、四本の指を $\vec{A}$ の方向に向ける。次に、四本の指を $\vec{B}$ の方向に向かって「くるん」と丸める。このとき、親指が立つ方向が $\vec{A} \times \vec{B}$ の方向だ。
先ほどのドアの例でいえば、右手の指を「ヒンジから取っ手への方向($\vec{r}$)」に向け、「押す力の方向($\vec{F}$)」に巻き込む。親指が上を向けば、ドアは上から見て反時計回りに回転する——この「回転軸の方向」が外積の方向と一致する。
ドローンとの関係:なぜ外積が出てくるのか
ドローンのモーター軸においては、プロペラに作用する空気抵抗の力 $\vec{F}$ は回転方向(接線方向)に働くため、腕ベクトル $\vec{r}$(軸からブレードまでの距離)と力 $\vec{F}$ は常にほぼ直角の関係にある。つまり $\sin\theta \approx 1$ だ。
だからこそ第2回本編では「$\tau = r \times F$(スカラー形式)」と簡略化して扱った。しかし、ペイロードの取り付け角度がずれている場合や、風が斜めから当たってプロペラに非対称な力が加わる場合には、この $\sin\theta$ の項が効いてくる。力が「回転に寄与する成分」と「寄与しない成分」に分解される——その分解を一発で処理するのが、ベクトル外積という数学的道具なのだ。
第6回(剛体の力学)以降、機体フレームに複数方向から力が作用する場面が増えるため、このベクトル外積の感覚を今のうちに掴んでおくことを勧める。
要点の整理
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 外積とは | 二つのベクトルから「第三の方向を持つ新しいベクトル」を生み出す演算 |
| 結果の大きさ | $|\vec{A}| \cdot |\vec{B}| \cdot \sin\theta$(平行四辺形の面積) |
| 結果の方向 | 二つのベクトルが作る平面に垂直(右手の法則で決定) |
| 日常の例 | ドアノブを回すトルク:押す角度が直角なら最大、平行ならゼロ |
| ドローンでの意味 | 力が回転に寄与する成分を正確に抽出する道具 |


コメント