タワーマンションを購入して1年後、突然1,100万円の納税通知が届いた――これは架空の話ではありません。売主が外国人(非居住者)だった場合に買主が負う源泉徴収義務を知らなかったために発生した、実際に起きているトラブルです。不動産会社の担当者でさえ正確に把握していないことがあるこの制度、「知らなかった」では済まされません。本記事では、所得税法の条文を根拠として、この仕組みを徹底解説します。
1. 何が起きたのか――1,100万円の源泉所得税請求
あるタワーマンション購入者の事例をご紹介します。投資目的で中古タワーマンションを購入した買主は、取引から1年後、税務署から約1,100万円の納税通知を受け取りました。「不動産取得税にしては高すぎる」と疑問を持ちましたが、届いたのは不動産取得税ではなく源泉所得税の請求でした。
この買主は源泉徴収義務の制度自体は知っていました。しかし、仲介業者の担当者から「売主は居住者なので源泉徴収は不要」と口頭で説明を受けており、重要事項説明書にも売主の居住区分に関する記載はなし。そのまま契約を締結し、売買代金を全額売主に支払っていました。
1年後に税務署の調査が入り、売主が実は非居住者であったことが判明。「知らなかった」「業者にそう言われた」という事情は税務署には通用しません。担当者はすでに退職しており、証拠も残っていない。結果として買主が約1,100万円を支払うしかない状況に追い込まれました。
2. 法的根拠――所得税法が定める源泉徴収義務の構造
所得税法第161条第1項第5号:国内不動産の譲渡対価は「国内源泉所得」
まず理解すべきは、日本国内の不動産を売却したことによる収入が、所得税法上の「国内源泉所得」に該当するという点です。
所得税法第161条第1項第5号は、「国内にある土地若しくは土地の上に存する権利又は建物及びその附属設備若しくは構築物の譲渡による対価」を国内源泉所得として定義しています。タワーマンションは「建物及びその附属設備」に該当しますので、その売却代金はまさしく本号の国内源泉所得です。
売主が居住者(日本に生活拠点を持つ者)であれば、売主自身が確定申告で譲渡所得を申告し、納税します。問題は売主が非居住者の場合です。非居住者は日本の税務署による直接的な課税管理が難しいため、法律は別の徴収方法を設けています。それが「源泉徴収」制度です。
所得税法第212条第1項:買主が源泉徴収義務者となる
所得税法第212条第1項は次のように定めています。
「非居住者に対し国内において第百六十一条第一項第四号から第十六号までに掲げる国内源泉所得の支払をする者は、その支払の際、これらの国内源泉所得について所得税を徴収し、その徴収の日の属する月の翌月十日までに、これを国に納付しなければならない。」
第161条第1項第5号(不動産譲渡対価)は、第212条第1項が参照する第4号〜第16号の範囲に含まれます。したがって、非居住者である売主に不動産の代金を支払う者(=買主)は、その支払の際に所得税を源泉徴収し、翌月10日までに国に納付する義務を負います。
ここで重要なのは「支払をする者」が義務者であるという点です。売主ではなく買主が徴収・納付義務を負うのです。これが多くの買主が驚く理由です。通常、税金は所得を得た者が払うものと考えがちですが、この制度では代金を支払う側(買主)が代わりに国に納付する仕組みになっています。
所得税法第213条第1項第2号:税率は売買代金の10%(実質10.21%)
所得税法第213条第1項第2号は、第161条第1項第5号に掲げる国内源泉所得(不動産譲渡対価)の源泉徴収税率を「百分の十」(10%)と定めています。
これに加えて、東日本大震災からの復興財源確保に関する特別措置法(復興特別所得税)により、2013年〜2037年の間は所得税額の2.1%が加算されます。したがって実際の源泉徴収税率は10% × 102.1% = 10.21%となります。
注意すべきは、この10%が売買代金の総額(譲渡対価)に対して課される点です。売主の利益(譲渡益)に対してではありません。仮に売主が1円も儲けていなくても、買主は売買代金の10.21%を源泉徴収して納付しなければなりません。
3. 非居住者とは誰か――「外国人」ではなく「生活の本拠」で判定
多くの人が誤解しているのが「非居住者=外国人」という思い込みです。所得税法上の「居住者」「非居住者」は国籍ではなく、日本に生活の本拠があるかどうかで判定されます。
所得税法第2条第1項第3号は「居住者」を「国内に住所を有し、又は現在まで引き続いて一年以上居所を有する個人」と定義しています。これを受けて「非居住者」(同条第5号)は居住者以外の個人、すなわち国内に住所を有せず、かつ現在まで引き続いて一年以上国内に居所を有しない個人です。
- 日本人でも海外に生活拠点がある場合(海外赴任者、海外移住者等)→ 非居住者
- 外国籍でも日本に1年以上継続居住している場合(在日外国人・永住者等)→ 居住者
- 外国籍で日本に住所なし・1年未満滞在 → 非居住者
近年、日本の不動産市場には中国・香港・シンガポール・台湾などのアジア系富裕層をはじめとする海外投資家が多数参入しています。こうした投資家は日本に生活拠点を持たない非居住者であることが多く、特に高額なタワーマンションの売主が非居住者であるケースは珍しくありません。
4. 具体的な計算例――1億円の物件なら1,021万円を差し引く
具体例で確認しましょう。売主が非居住者で、売買代金が1億円のタワーマンションを購入する場合:
- 源泉徴収額:1億円 × 10.21%=1,021万円
- 売主への支払い額:1億円 − 1,021万円 = 8,979万円
- 買主が税務署に納付:1,021万円(支払月の翌月10日まで)
つまり買主は、売主と1億円で合意した取引において、売主には約9,000万円しか渡せず、残りの約1,000万円を国に納める義務を負います。この徴収額は「自分のお金ではない(売主の税金)」のですが、もし買主が1億円を全額売主に支払ってしまった場合、税務署は「1,021万円の源泉徴収を行ったはずだから納付せよ」と買主に請求してきます。
買主が全額払ってしまった後に請求を受ける場合、売主から取り返すことは理論上可能ですが、売主が既に出国していたり、連絡が取れなかったりすると事実上回収不可能です。本記事冒頭の1,100万円という数字は、まさにこのケースです。
5. 例外規定――この義務が免除される2つの条件
すべての取引で源泉徴収義務が発生するわけではありません。租税特別措置法の規定により、以下の2要件を両方満たす場合は源泉徴収義務が免除されます。
- 条件①:買主が当該不動産を自己または親族の居住の用に供するために購入すること
- 条件②:売買対価が1億円以下であること
この2要件を満たす場合、個人が自宅として取得するような一般的な住宅取引については源泉徴収義務が課されないという配慮です。
ただし実務上の落とし穴があります。「投資目的」「賃貸目的」での購入は条件①を満たしません。また売買代金が1億円を超える場合は条件②を満たしません。冒頭の事例が「投資用」「タワーマンション」という点に注目してください。投資目的の高額物件という組み合わせは、この例外の両方の条件をクリアしない典型ケースです。
6. 仲介業者の説明義務と買主の法的責任
宅地建物取引業法上の重要事項説明との関係
売主が非居住者かどうかという情報は、買主の源泉徴収義務の有無に直結する重要事項です。宅地建物取引業法第35条の重要事項説明では、税金に関する事項として源泉徴収義務への言及が求められるケースもありますが、実態として多くの仲介業者がこの点を重要事項説明書に明記していません。
本事例のように「口頭で居住者と説明された」という場合でも、仲介業者に対する損害賠償請求が認められるかどうかは個別の事情(説明の内容・証拠の有無・業者の過失の程度)によります。担当者が退職していて証拠がない場合、法的救済を受けることは困難です。
「知らなかった」は免責されない
税法上、源泉徴収義務は客観的な事実(売主が非居住者かどうか)によって発生します。買主が知らなかった、業者に騙された、といった事情は税務署との関係では原則として免責事由になりません。「持っていた(全額支払えた)はずだから納付義務がある」という厳格な解釈が適用されます。
法的な救済手段としては、①仲介業者に対する損害賠償請求(証拠が残っている場合)、②売主に対する求償(連絡が取れる場合)がありますが、いずれも容易ではありません。最終的には買主が自分のポケットから1,000万円超を支払うしかないケースも多く発生しています。
7. 特に注意が必要な取引パターン
以下のいずれかに該当する取引では、源泉徴収義務の発生リスクが特に高いため、売主の居住区分確認を必ず行ってください。
- 投資用物件の購入:自己居住用でないため例外規定(1億円以下・自己居住用)が適用されない
- 1億円超の取引:例外規定の金額要件を満たさず、常に源泉徴収義務の対象となる
- 売主が外国籍または外国に転出歴がある場合:非居住者である可能性が高い
- 都心の高額タワーマンション取引:海外投資家が売主であるケースが多い
- 売主が複数の国に不動産を保有している場合:非居住者である可能性を示唆
8. 実務的な対応策――書面での確認が唯一の防御策
売主から「居住者証明」を取得する
最も確実な方法は、売主から居住者であることの証明書類を書面で取得することです。具体的には以下の書類が有効です。
- 住民票(売主が日本国内に住所を有することの証明)
- 在留カードまたはパスポートの住所記載部分
- 「居住者であることの誓約書」(売主が自署するもの)
住民票は市区町村窓口で取得でき、日本国内に住所を有する外国人も住民基本台帳に登録されています。住民票が存在する=日本国内に住所がある、という確認が最低限の要件です。ただし住民票があっても「継続して1年以上居所を有するか」という要件は別途確認が必要なケースもあります。
仲介契約・重要事項説明書に明記させる
仲介業者に対し、売主の居住区分(居住者か非居住者か)を重要事項説明書に明記するよう求めることが重要です。口頭での説明は証拠が残りません。書面に「売主は所得税法上の居住者であることを確認した」と記載させ、仲介業者のハンコも押させることで、後日のトラブル時に証拠として活用できます。
また、売買契約書に「売主が非居住者であった場合には、売主は買主に生じた源泉徴収義務相当額を補償する」旨の特約を盛り込む方法も有効です。この特約があれば、仮に非居住者であったことが後で判明しても、売主への求償が法的に明確になります。
源泉徴収・納付の実務フロー
売主が非居住者であることが確認された場合の実務フローは以下の通りです。
- Step 1:売買代金の10.21%を計算する(小数点以下切り捨て)
- Step 2:決済時に売主への支払い額を「売買代金 − 源泉徴収額」に減額する
- Step 3:源泉徴収額を「非居住者・外国法人の所得についての所得税徴収高計算書」に記載する
- Step 4:徴収した月の翌月10日までに税務署に納付する
- Step 5:売主に「源泉徴収票(支払調書)」を交付する
なお、売主(非居住者)は日本で確定申告を行うことで、源泉徴収された10.21%と実際の譲渡所得税(居住者と同様の計算)の差額について還付を受けることができます。売主にとっても源泉徴収は「前払い」に過ぎず、最終的な精算は確定申告で行われます。
まとめ――「売主が外国人だから注意」ではなく「売主の居住区分を必ず書面確認」
本記事の要点を整理します。
- 売主が非居住者の場合、買主に源泉徴収義務が発生する(所得税法第212条第1項)
- 源泉徴収税率は売買代金の10.21%(所得税法第213条第1項第2号+復興特別所得税)
- 非居住者の判定は「国籍」ではなく「日本に住所・1年以上の居所があるか」(所得税法第2条第1項第3号・第5号)
- 例外:買主が自己居住用かつ代金1億円以下の場合は源泉徴収不要(租税特別措置法)
- 投資用・1億円超の取引では例外が適用されないため特に注意が必要
- 「仲介業者にそう言われた」は免責されない。売主の居住区分を必ず書面で確認すること
不動産市場のグローバル化が進む中、外国人投資家や海外在住の日本人が売主になるケースは今後も増加します。高額なタワーマンション投資においては特に、源泉徴収義務の確認を取引チェックリストに必ず組み込んでください。「1,000万円の追徴課税」は決して他人事ではないのです。
【参照条文】所得税法(昭和40年法律第33号)第2条第1項第3号・第5号、第161条第1項第5号、第212条第1項、第213条第1項第2号 e-Gov 法令検索より最新条文を確認(2026年4月時点、令和8年法律第12号による改正後)/租税特別措置法(昭和32年法律第26号)関連条項
【注記】本記事における法的分析は一般的な情報提供を目的としており、個別案件の税務相談に代わるものではありません。具体的な案件については税理士等の専門家にご相談ください。
執筆:行政書士小川洋史事務所


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