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盛土規制法をめぐる行政訴訟――渋谷区富ヶ谷マンション工事に東京地裁が停止命令

2026 4/16
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不動産法務 法律・制度解説
2026年4月16日
渋谷区富ヶ谷のマンション建設現場と盛土規制法に基づく工事停止命令

2026年3月31日、東京地方裁判所は渋谷区に対して、東京都渋谷区富ヶ谷で進行中のマンション建設工事に関し、宅地造成及び特定盛土等規制法(以下「盛土規制法」)に基づく工事停止命令を発するよう義務付ける仮処分命令を下しました。本判決は、行政機関が「一時的な盛土だから許可不要」「完成状態で判断すべき」という独自の法解釈を主張したにもかかわらず、裁判所がこれをいずれも退け、住民側の申立てを認めた画期的な決定です。

本記事では、盛土規制法の法的枠組みを条文レベルで詳しく解説し、本件における渋谷区の主張と裁判所の判断、そして不動産実務・行政実務への影響について、行政書士の視点から専門的に分析します。

目次

1. 宅地造成及び特定盛土等規制法とは――2023年改正の経緯と目的

盛土規制法の正式名称は「宅地造成及び特定盛土等規制法(昭和36年法律第191号)」です。もともとは1961年に制定された「宅地造成等規制法」でしたが、2021年7月に発生した熱海市伊豆山の盛土崩落事故(死者・行方不明者26人)を受け、2023年5月に大規模な改正が施行されました。

改正のポイントは大きく三点です。第一に、規制対象が「宅地造成のための工事」から「特定盛土等」(宅地造成以外の目的でも行う盛土・切土・堆積)にまで拡大されました。第二に、都道府県知事(政令市・中核市では市長)が宅地造成等工事規制区域および特定盛土等規制区域を指定できるようになり、規制の対象地域が大幅に広がりました。第三に、無許可工事・条件違反に対する工事停止命令権限が強化されました。

東京都内では2024年度から各区市において規制区域の指定が本格化しており、渋谷区富ヶ谷の事案は、こうした規制強化の直後に起きた試金石的なケースとして注目されています。改正盛土規制法の実効性が問われる最初の大きな司法判断として、不動産・建設・行政各分野の実務家が高い関心を寄せています。

2. 条文解説―盛土規制法の核心条文

第2条:定義―「盛土」「特定盛土等」「土石の堆積」

盛土規制法第2条は、規制対象となる行為の定義を定めています。

「宅地造成」とは、宅地以外の土地を宅地にするため、または宅地において行う盛土・切土その他の土地の形質の変更で政令で定めるものを指します(第2条第1号)。「特定盛土等」は宅地造成以外の目的で行う盛土等のうち、崖崩れまたは土砂の流出を生ずるおそれが大きいもの(同条第3号)です。

さらに重要なのが「土石の堆積」の定義です。同条第4号は、宅地または農地等において行う一定期間経過後に除却するものを含む土石の堆積を規制対象に含めています。この規定が今回の渋谷区事案の核心に直結します。渋谷区は「工事期間中の一時的な土石堆積は第2条の対象外」と主張しましたが、条文はそのような除外を一切定めていません。立法者は「一時的な堆積だから規制外」という解釈の余地を意図的に排除していたのです。

「災害」とは「崖崩れ又は土砂の流出」を指し(同条第6号)、規制の目的が明確に人命・財産の保護にあることが示されています。

第10条:宅地造成等工事規制区域の指定

第10条第1項は、都道府県知事(または政令指定都市・中核市の長)が「宅地造成等に伴い崖崩れ又は土砂の流出を生ずるおそれが大きい市街地又は市街地となろうとする土地の区域」を宅地造成等工事規制区域として指定できると定めています。

渋谷区富ヶ谷の工事現場が規制区域内にある場合、以降の第12条の許可義務が適用されます。本件では、渋谷区がこの指定区域内における工事であることを前提としながら、「一時的盛土なら許可不要」という独自解釈を展開したことが問題となりました。規制区域の指定そのものの妥当性ではなく、指定区域内での行為規制の解釈をめぐる争いだった点が本件の特徴です。

第12条:工事の許可―「着手前」の厳格な要件

第12条第1項は、規制区域内で宅地造成等に関する工事を行う場合、工事着手前に都道府県知事の許可を受けなければならないと規定しています。許可なしに工事を開始すれば無許可工事として扱われます。

この「着手前」という文言は非常に重要です。工事が半分進んだ段階や完成後に許可を取得することは制度上想定されていません。渋谷区は「完成状態で判断すべき」と主張しましたが、第12条の文言は「着手前」であることを明示しており、裁判所がこの主張を退けたのは当然の帰結と言えます。

また、第12条第3項は許可の技術基準を定め、第4項は許可に条件を付けることができると定めています。許可には設計、工法、排水計画、安全措置等の審査が伴い、単なる届出制ではなく実質審査型の許可制となっています。この事前審査こそが、災害予防という立法目的を達成するための核心的な仕組みです。工事完了後に「問題なかった」と確認しても、工事中に発生した崖崩れ・土砂崩落は防げません。

第20条:工事停止命令―行政の義務とその怠慢

第20条第2項が今回の訴訟の直接的な根拠条文です。同項は、都道府県知事(区市長)が次の事由がある場合に工事の停止を命ずることができると定めています。

  • 無許可工事(第12条第1項違反)
  • 許可の条件に違反した工事
  • 技術基準に適合しない工事
  • 中間検査(第13条)の申請をしない工事

ここで「できる」という裁量的規定を行政側は「停止命令を出さない選択肢もある」と解釈しがちですが、今回の判決は、規制目的(人命・財産の保護)および具体的な危険の程度から見て、裁量権の範囲が収縮し、命令発令が義務に転じるという司法判断を示しました。これは「裁量権の収縮論」として行政法上確立した法理に基づく判断です。

3. 事件の経緯と渋谷区の主張

工事の概要と近隣住民の懸念

問題となった工事は、東京都渋谷区富ヶ谷において行われているマンション建設工事です。富ヶ谷は代々木公園に隣接する住宅密集地であり、起伏のある地形が特徴です。工事現場では建設工事に伴う大量の土砂の堆積・移動が行われており、近隣住民は「崖崩れ・土砂崩落のリスクがある」として渋谷区に対して盛土規制法に基づく工事停止命令の発令を繰り返し要請していました。

しかし渋谷区は、工事停止命令の発令を拒否。その理由として以下の二点を挙げました。

渋谷区の主張①:「一時的盛土は許可不要」

渋谷区の第一の主張は、「工事期間中に行われる土砂の堆積は工事の一工程に過ぎず、宅地造成等規制法上の『盛土』に該当しない。したがって許可は不要であり、無許可であっても規制法違反にはならない」というものです。

この主張は一見もっともらしく聞こえますが、前述の第2条第4号(土石の堆積の定義)が「一定期間経過後に除却するもの」を明示的に対象に含めていることと真っ向から矛盾します。立法者は「一時的な堆積だから規制外」という解釈を意図的に排除していたのです。また現実問題として、「どこまでが一時的か」の判断基準が不明確であり、「一時的盛土論」を認めれば事業者が自己申告で規制を逃れることができてしまいます。

渋谷区の主張②:「完成状態で判断すべき」

渋谷区の第二の主張は、「工事が完成した後の最終的な形状を見て、宅地造成等に該当するかどうかを判断すべきであり、工事中の中間状態をもって規制法違反とは判断できない」というものです。

しかし第12条は「着手前の許可」を要求しており、この主張は制度の根本原則を否定するものです。着手後・完成後に「やっぱり許可が必要だった」と判断されても、その間に崖崩れが起きれば取り返しがつきません。本条文の立法趣旨が事前規制による災害予防にあることは疑いの余地がなく、裁判所はこの主張も退けました。

4. 東京地裁の判断――仮の義務付けという手法

「仮の義務付け」とは

本判決で採用されたのは「仮の義務付け」(行政事件訴訟法第37条の5)という法的手段です。通常の行政訴訟では本案判決まで数年を要しますが、緊急性が高い場合に仮処分として行政に一定の行為を義務付けることができます。

仮の義務付けが認められるためには、①償うことのできない損害を避けるため緊急の必要があること、②本案について理由があるとみえること、③公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがないこと、の三要件が満たされる必要があります(同法第37条の5第2項)。

裁判所は本件で全三要件を充足すると判断しました。①については、土砂崩落が起きれば人命・財産への取り返しのつかない損害が生じること、②については、渋谷区の主張する法解釈(一時的盛土論・完成状態論)に合理的根拠がなく本案で勝訴する見込みが高いこと、③については、停止命令の発令が公共の福祉を損なわないこと、をそれぞれ認定しました。

裁量権収縮論の適用

本判決の法的核心は、第20条第2項の「できる」という裁量規定について、本件においては裁量権が収縮し停止命令の発令が羈束的行為に転じていると判示した点にあります。

行政法学上の「裁量権収縮論」とは、行政機関が本来裁量を有する場面でも、具体的状況において特定の行為を行わないことが裁量権の逸脱・濫用に当たる場合に、不作為が違法と判断される理論です。最高裁判所は宅地建物取引業法等に関する複数の事案でこの法理を適用しており、本判決もこの流れに沿ったものです。

裁判所が重視したのは、①無許可工事であることが明白であること、②現場周辺の地形・地盤状況から崖崩れの危険が具体的に存在すること、③住民が繰り返し申請したにもかかわらず渋谷区が合理的な根拠なく発令を拒否し続けたこと、の三点です。行政の不作為が積み重なった結果として司法が介入せざるを得なかった、という経緯も判断に影響したと考えられます。

5. 実務への影響――建設業・不動産業・行政実務

建設会社・施工業者への影響

本判決は、建設工事現場で「一時的な土砂堆積なら盛土規制法の対象外」という運用をしてきた事業者に対して、重大な警告を発するものです。

規制区域内の工事においては、着工前に「この工事は盛土規制法の許可対象か否か」を行政に確認し、許可が必要であれば必ず許可を取得してから工事を開始することが必須です。「一時的だから」「どうせ除去するから」という自己判断は通用しません。無許可工事が判明した場合、工事の全面停止命令だけでなく、場合によっては原状回復命令(第21条)や刑事罰(第49条:1年以下の懲役または100万円以下の罰金)の対象ともなります。

実務的な対応策としては、(1)工事着手前に規制区域の指定状況を確認する(東京都・各区市のウェブサイトやワンストップ相談窓口を活用)、(2)許可要否が不明な場合は行政に事前相談する、(3)許可が必要な場合はスケジュールに許可取得期間(通常1〜3ヶ月)を組み込む、の三点が基本となります。

不動産開発・マンションデベロッパーへの影響

マンション建設においては、掘削・基礎工事・埋め戻し等の各工程で土砂の移動・堆積が必然的に生じます。規制区域内の開発案件では、工事全体の工程において盛土規制法上の許可要否を精密に検討し、必要に応じて許可申請を先行させることが不可欠です。

特に、東京都・神奈川県・埼玉県・千葉県等では2023年改正以降、規制区域の指定が急ピッチで進んでいます。用地取得の段階から規制区域への該当性を確認することが、プロジェクトリスク管理の第一歩となります。本件のように、着工後に工事停止命令が出た場合には、工期の大幅な延長・資金計画の狂い・近隣への賠償問題等、多大な損失が生じるリスクがあります。

また、不動産の売買・賃貸借契約における重要事項説明においても、対象地が盛土規制区域に該当するかどうかの確認・説明義務がより厳格に問われる可能性があります。宅地建物取引業者は今後の法改正・省令改正の動向にも注意が必要です。

行政窓口実務への影響

本判決が最も深刻な影響を与えるのは、区市町村の建築・開発許可窓口です。従来「条件次第で停止命令は出さなくてよい」という裁量の幅を広く解釈してきた担当部署は、本判決を踏まえて運用を見直す必要があります。

住民等から停止命令発令の申出があった場合、行政は(1)当該工事が規制区域内かどうか、(2)許可を受けているかどうか、(3)技術基準に適合しているかどうか、を迅速に調査し、違反が認められれば命令を発令する義務を負います。合理的根拠のない不作為は、今後同様の仮の義務付け申立ての対象になるリスクが格段に高まりました。

住民・NPO・弁護士実務への示唆

本判決は、行政の不作為に直面している住民にとっても重要な示唆を与えます。従来、行政が停止命令を出さない場合、住民が直接これを強制する手段は限られていましたが、本件のように仮の義務付けという手続きが有効に機能することが実証されました。

盛土に関わる開発工事が周辺に迫っており、行政が動かないという状況では、①工事の無許可性の証拠収集(登記情報・建築確認申請記録・行政への情報公開請求等)、②専門家(行政書士・弁護士)への早期相談、③行政不服申立てまたは仮の義務付け申立ての並行検討、を早急に進めることが重要です。特に、仮の義務付けは申立てから決定まで数週間程度で結論が出る場合もあり、緊急時の有効な手段となります。

6. 今後の課題と判決の限界

本判決は「仮の」義務付けにとどまる

重要な留意点として、今回の東京地裁決定は仮の義務付けであり、本案訴訟(工事停止命令義務付け訴訟)の最終判決ではありません。渋谷区が不服として即時抗告した場合、高裁で覆る可能性もゼロではありません。また、仮の義務付けにより渋谷区が停止命令を発令したとしても、工事施行者が行政不服申立てや執行停止申請で対抗することも考えられます。

本案判決が確定するまでには相当の時間を要します。その間、工事が実質的に継続・再開されるリスクを住民側は監視し続ける必要があります。また、本判決が確定判例となるかどうかは上級審の判断次第であり、現時点での法的評価はあくまで「有力な先例」という位置付けにとどまります。

規制区域指定の「空白地帯」問題

盛土規制法の規制は、あくまで都道府県知事等が規制区域として指定した区域内にしか及びません。2023年改正で規制対象は大幅に拡大されましたが、すべての危険地帯が指定されているわけではありません。規制区域外での盛土工事は現在もほぼ野放しの状態です。

国土交通省は2024年度以降、指定促進のためのガイドライン整備や技術的支援を進めていますが、各自治体の指定作業には人員・予算・技術力の制約があり、指定の速度は十分とは言えません。特に地方部では人材不足が深刻であり、規制区域の指定が進まない自治体では依然として危険な盛土工事が野放しになるリスクが残ります。

条例・地域ルールによる補完の必要性

法律上の規制区域指定を待たずに、区市町村レベルで盛土・土砂堆積に関する開発指導要綱や条例を整備することも有効です。東京都では既に「宅地造成等の規制に関する条例」が存在しますが、改正後の盛土規制法との整合性を確保した上での見直しが求められています。条例による上乗せ規制・横出し規制の活用が、規制の実効性を高める有力な手段となります。

7. まとめ――盛土規制法の厳格運用と司法の役割

今回の東京地裁決定は、次の三点において重要な意義を持ちます。

第一に、「一時的盛土は規制外」という行政解釈の否定。盛土規制法第2条は「一定期間後に除却する堆積」を明示的に規制対象に含めており、一時性を理由とした規制逃れは許容されないことが明確になりました。

第二に、「完成状態での判断」論の否定。第12条の「着手前許可」要件は、事前規制による災害予防を制度の根幹に置くものです。完成後の事後的判断を容認すれば制度が機能不全に陥ることを、裁判所は的確に認識しています。

第三に、裁量権収縮論による行政義務の強化。停止命令権限は「できる」裁量規定ですが、明白な違反と具体的危険が存在する場合には命令発令が義務に転じる、という法理が本件で再確認されました。行政の不作為が司法によって是正される構図は、法の支配の観点から重要な意義を持ちます。

熱海の悲劇を繰り返さないために制定・改正された盛土規制法を、行政が「一時的だから」「完成後で判断する」という言い訳で骨抜きにしようとする動きに、今回の司法判断は明確なノーを突きつけました。建設業者・不動産開発事業者・行政担当者・そして住民のいずれもが、本判決を重く受け止め、盛土規制法の厳格な運用に向けて取り組む必要があります。

本件の本案訴訟(最終判決)の行方も引き続き注目されます。今後の判例の積み重ねにより、盛土規制法の解釈と運用がさらに明確化されることが期待されます。不動産取引・開発に携わるすべての実務家は、本件の動向を継続的に注視することが求められます。


【参照条文】宅地造成及び特定盛土等規制法(昭和36年法律第191号)第2条・第10条・第12条・第20条 e-Gov 法令検索より最新条文を確認(2026年4月時点)

【注記】本記事における法的分析は一般的な情報提供を目的としており、個別案件の法律相談に代わるものではありません。具体的な案件については専門家にご相談ください。

執筆:行政書士小川洋史事務所

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